無 題
流川は初めてふわふわした気持ちになっていた。眠りに落ちるまで、花道との時間を繰り返し思い出した。
「まさか…」
相手が花道だとは。まさか、体育館のコートの上で、バスケットボールに触れながら。
そして、これほど印象に残ることなのだと驚いていた。
雑誌やビデオで見る触れられない女性よりも、相手が男であってもただ一度のキスが強烈だった。
過去のあれはやはりそうではないのだ。それとも、流川自身の意思でしたから、こんなにも記憶に残るのか。
いずれにしても、目を閉じると触れた感覚を思い出す。それでもだんだんと思い出せなくなってきていた。ただただ強い記憶として脳が覚えているという感覚だった。
ほんの少し冷静になったとき、花道がどう思ったのか気になった。
「怒ってたのか…?」
泣くほど怒ったという感じではないと思う。けれど、実はそうなのだろうか。
「ぜってー殴る」
何度考えても、流川の知る花道ならそうだ。怒っていたならば、殴るか、目の前からいなくなるか、ではないだろうか。
あの後、花道は練習したのだろうか。花道はいつもの花道に戻っただろうか。このキスをどう思っただろうか。
寝る直前にそんな疑問が浮かんだけれど、朝起きた時には流川は考えることを止めていた。
一方、花道はもっと複雑な気持ちだった。
未だに自分の行動が理解できなかった。
この一ヶ月ほど、一生懸命流川に話しかけていた。
「な…なんでだ…?」
自分でもよくわからなかった。小さな問いから始まって、流川が意外にもちゃんと答えてくれたので、その後は面白がって質問していた。
「…と、思う…」
そんなに流川のことを知りたいと思っていたわけではない。はずだった。
「キマジメに答えるから…」
全く嫌そうなそぶりはなかった。花道にはそう見えた。笑った表情ではなかったけれど、笑っていた気がするのだ。
「まさか…アイツに限って…」
そこまでは冷静に振り返ることができた。
けれど、今日の体育館でのことを思い出すと、花道はまずは頭を抱えた。俯いてギュッと目を閉じる。頬が熱く感じるのを、自分の腕で隠した。
流川が何を考えているのか、わからなくなってしまった。
自分の考えもわからないのだ。相手の気持ちなぞ、想像すらできなかった。
流川のことなど、大嫌いなのだ。確かにこの一ヶ月は、そう思うことすら少なかった気がする。けれど、好きとも思っていないのだ。
「あれはエイプリルフールだっつーの」
そこから、自分は「流川のことを好きなフリ」をし続けているのではないだろうか。
そもそも、そんな必要などないはずなのに。
たぶん、流川がそれを信じている様子だからだ。
「バーカ。騙されてやんの」
なぜ自分のことなど信じることができるのか。あれほど仲が悪かったのに。
目を閉じると、家に来た流川やコロッケを奢ってくれた時間をすぐに思い出す。そして、そこにキスが加わった。
わざわざ流川が口にしたように、花道にとってもこれがファーストキスだった。
なぜ流川だったのだろう。そんな人生になるとは思いもしなかった。
困ったことに、嫌ではなかったのだ。ドアップで見た目を閉じた流川が、とても真剣な表情だったから。驚いたけれど、不快ではなかった。
「…っつーか、むしろ…」
気持ち良かったと言いかけてから、花道は慌てて大声で叫んだ。
「おかしいおかしいおかしい」
絶対に変だ。自分たちの関係がおかしな方向に進んでいる。付き合っているわけでもないし、お互い付き合いたいわけではないのだ。花道は冗談だったし、流川はちゃんと自分を振ったのだ。
それなのに、なぜキスなんかしてるんだ。
花道は流川が去った後の体育館で、しばらく悶々としていた。
2017. 8. 1 キリコ
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のんびりと更新してる話にお付き合いくださり
ありがとうございます!
また9月1日に無事にお会いできますように!
頑張れ私!(笑)