無 題
その後、県大会が始まるとチーム内が本格的に活気づき、それぞれが進んで居残り練習をするようになった。流川が休憩に上がれば質問に来る後輩がいたり、花道に見本をせがまれたりすることも増えた。流川自身のペースは変わらなかったので、部室で花道が話しかけようとしても、その時間さえ誰かがいる。花道がキスして以降、まったく二人きりになれないでいた。むしろ、これまでそんな時間が取れたことの方が奇跡だと思えた。
「まぁ…部員も多いしな…」
昨年の比べて、人数も多い。流川や花道のように目立つ選手ではないけれど、花道より経験の多い後輩もいる。
なんとなく、二人きりにならなければ、昨年までのようなただの犬猿の仲に戻った気がする。そんな毎日を送っていると、キスしたことさえ現実とは思えなくなってきた。元々お付き合いしていたわけではないので電話するわけでもなく、外で会う仲でもない。寝る前に思い浮かべるような相手でもないのだ。
花道から見て、流川は淡々としている。特に花道との時間を確保しようともしていないし、話しかけてもこない。そういえば、ほどんど花道が一生懸命話題を作っていたのだ。タイミングを見るのも大変だった。
「ほどんとっつーか…」
全部そうだったかもしれない。流川に合わせていたのは自分だ。話ができたのは、部室で二人きりの時だけだった。
それでも、流川が花道を避けているわけではないと思うのは、たまたま部室で二人きりになったときに後輩が訪れたとき、流川が舌打ちした気がするのだ。そのとき、花道はホッとした。たぶん自分にではなかったからだ。
「まー…それもずいぶん前のことだけど」
結局、エイプリルフールからの長く感じた1ヶ月よりも、県大会はずいぶん早く日にちが経った気がした。
あっという間だった。
決勝リーグに残ったけれど、そこまでだった。
インターハイ出場がなくなったとき、花道は呆然とした。
流川がこの夏アメリカに行くことは以前から決まっていた。エイプリルフールのときには花道も知っていた。
けれど、ようやく実感できたのは、夏休みに入ってからだった。
短い部活の夏休みにも、花道はできるだけ体育館にいた。そこに流川はいなかった。今は一番流川に会いたくなかったので、それはそれで助かった。こんなにも悔しいのだと初めて知った。この気持ちの消化の仕方がよくわからない。自分がふがいないせいだったのだろうかと少し反省した。実質ゴリの代わりのような自分は、もっとチームを支えなければならなかったのではないだろうか。それが思い上がりであったにしても、誰もが流川にばかり頼っていたのではないだろうか。
いろんなことを振り返り、グチャグチャした気持ちを抑え込む努力をする。あの一瞬相手を止められていたら、と何度も思い返すシーンもあった。苦しくて、よく眠れなかった。
チームの練習が再開されたとき、流川は参加していた。
その顔を見て、花道の胸は熱くなった。
「まだいた…」
ものすごくホッとした。
そして、もうすぐいなくなることを実感したのだ。
流川のいないバスケットが想像できなかった。
先にアメリカに行かれて悔しい気持ちもあるけれど、それよりもただただ寂しかった。
けれど、もちろんそんなことは表情に出ないように意識した。
今更というわけではないけれど、これまで以上に流川のプレーを必死で目で追った。
ものすごく久しぶりに部室で二人きりになったとき、花道は妙な雰囲気に気が付いた。ここに来るまでは流川はただのチームメイトに戻っていたはずなのに。花道の長い間会えなかった相手にようやく話しかけることができたような、そんな感覚だった。ほんの数分前まで見ていた顔なのに。
「ああ…そっか…」
自分がキスしたいな。そう思ったのが久しぶりなのだ。
そしておそらく、流川もそういう雰囲気を醸し出している、そんな気がした。
花道は着替えをしている流川の近くでロッカーにもたれた。流川の動きをじっと見つめる。首をロッカーにぶつけて、少し斜めの視界で瞬きをしないでいた。チラッと花道を見てから後は、流川は黙々と帰る準備をしている。ただそれだけの姿が、今は貴重なものに思えた。
帰り支度を終えた流川が、花道の方に腕を伸ばした。ボーズ頭をゆっくりと撫でられて、花道はギュッと目を閉じた。
「なつかしーな…」
心の中でそう感じた。こんな汗が流れている自分なのに。流川は嫌そうではない。そういえば、エイプリルフールのときも、花道が頼んだわけではなかった。
花道は流川の背中に腕を回した。こうやって誰かを抱き寄せるのは初めてだった。
ただでさえ暑い部室の中で、二人の体温が一気に上がった気がした。
それから一時間後、二人は花道の部屋にいた。
「ホントに…どーすんだコレ…」
花道はシャワーを浴びながら、何とか冷静になろうとしていた。焦ってはいないけれど、状況が理解できなかった。部屋の中では先にシャワーを済ませた流川がいるはずだった。
「で、どーすんだ…」
わけがわからない。
きっかけを作ったのは流川だ。間違いなくそうだ。
あまり長く浴室にいるのもおかしいと思う。けれど、勇気が出なかった。
2017. 10. 1 キリコ
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次回は10月11日更新を目指してます!
頑張れはなるの日!
うほほーーー