無 題 

 

 
                              

 県大会が終わり、自分の夏が終わったと気が付いたとき、流川はかなり落ち込んだ。誰にもそういう姿を見せたりはしないけれど、悔しくて眠れないくらいだった。練習試合でも負けるのは嫌だけれど、それとはレベルの違う落胆だった。バスケットはチームプレーだから、自分だけの功績でも失敗でもない。誰も相手を責めるつもりはない。むしろ、流川はまだ自分が頑張ればいける、と考えてしまうことがある。だから、自分自身にとても腹が立つのだ。
 練習が再開したときに、ようやくコートに立つことができた。
 もうここには自分の居場所はない。そう言い聞かせても、おそらく誰もそんな実感もなく、ごく当たり前に流川の存在を認めていた。もうすぐアメリカに行く自分は、その寸前までここに来てしまうだろうと思う。ギリギリまでボールに触れていたいし、誰かの教えになるのかもしれない。もちろん、花道に対してもだ。
 特に花道と二人きりになろうとするつもりはなかった。そうなれば、そうなるかもしれない、くらいの気持ちでいた。
「3ヶ月…かな…」
 気が付けば、それくらい時間が経っていた。
 もうキスすることはないのかもしれない。それでいいではないか、という思いと、何となくまだ機会があるかもしれない、という気持ちもあった。
 だから、本当に花道と二人きりになったとき、
「あ…来た…」
 と思ったのだ。その機会とやらが。
 花道の顔がそんな顔だった。
 うまく表現できないけれど、ちょっかいをかけたりケンカを吹っ掛ける顔ではなく、男の花道というか、何かギラギラしているような。
「ギラギラ…?」
 自分で考えて、流川は笑った。
 男なら、好きな相手にはそうなるんじゃないだろうか。
 以前、花道は結婚まではしないつもりだ、と話していた。そんなことを突然思い出した。
「オレは…そんな考えじゃない。機会があったら…たぶん」
 花道に抱き締められながら、流川は小さな声で言った。その後に続いた言葉を聞いても、花道はなかなか理解できなかった。
 流川の両肩に手を置いたまま、花道はしばらく固まった。花道がハッとした顔をしたあと、流川は勢いよく引っ張られて走り出した。
「え…今日?」
「気が変わんねーうちに!」

 流川は花道宅でシャワーを浴びている間から、ようやく戸惑い始めた。花道と入れ替わったときも、視線を合わせることもできなかった。下半身にバスタオルを巻いてふとんに座ったとき、大きく深呼吸をした。
 こういう場合、どうするのだろうか。抱くのだろうか、それとも逆なのか。ほんの少し想像してみても、まったく気持ちが盛り上がらない。どちらの役割も嫌だなと思う。
 ならばなぜここに来たのか。
 花道がこんなことを望んでいるかもわからなかったので、割と積極的になっている現状にホッとした。あまりにも頓珍漢な申し出をしてしまったという自覚があるからだ。
 つい数時間前まで、そんな考えなどなかったのに。
 自分の初めてに触れておかなくていいのか。
 そんなようなことを言った。
 ここに連れてこられたことが返答なのだろう。
 花道が部屋に戻ってきた姿を見ても、あいかわらず流川は困っていた。
「あ…自分だけ服きてやがる」
 花道だけTシャツと下着をつけている。上半身をさらしている自分と不公平な気がした。
 流川と同じように、花道が真正面に正座して座った。いつも賑やかな音を立てている花道が、おそるおそる行動しているのがおかしかった。
 向かい合っていても、どちらも顔を見なかった。
 流川は腕組みしたままで、花道は自分の髪の毛をぽりぽりかいている。
「てめーがなんとかしろ」
 と、お互いが思っていた。
 

 

2017. 10. 11 キリコ
  
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中途半端なところで終わってしまいました…
また11月1日に無事にお会いできますように!