無 題 

 

 
                              

 花道が背後に現れたとき、流川は飛び跳ねそうになった。ごく近くで花道の顔を見ると、すぐに気持ちが落ち着いた。
「よぉ」
 以前と変わらないように見えるけれど、自信たっぷりにも見えた。
「よぉ」
 流川は同じセリフを返すことしか思いつかなかった。
 
 短い話し合いでテイクアウトに決まり、そのまま流川の部屋に向かった。花道のホテルは知らないけれど、自分の部屋に立ち寄るかもしれないと思っていた。外食よりは落ち着いて話せる気がした。
 たいして広くない部屋に二人でいると、圧迫感を感じた。花道が遠慮なく部屋を見まわす姿を、なんとなく落ち着かない気持ちで見つめた。そういえば、日本でも花道を部屋に招いたことはなかった。
 食べ始めると、花道はひたすら自分の話を始めた。流川がいなくなってからのチームのこと、アメリカに来てからのことなど、短いようで濃厚な時間について、まとまりなく話す。流川はそれほど相槌も打たないまま、割と真剣に聞いていた。花道にアメリカは合っているのかもしれないと思った。おそらく大変な思いをしているだろうけれど、自信満々な気持ちでいられるのならそれでいいと思う。
「で、オメーはどーしてたんだ?」
 ときどき思い出したように流川のことを尋ねる。何かを話せば同意したり、またはダメだと言ってみたり、花道は本当に話し続けていた。
 かなり時間が経ってから、流川はようやく気が付いた。
 もしかして、以前の関係について話題が上らないようにしているのだろうか。
 今のところ、古い友人に再会したという雰囲気だ。
「ダチじゃねぇ…」
 一番最初に花道がそういったはずだ。結局一度も友人と思ったことはなかった。
 花道がどう考えているかわからないけれど、流川からその話題を振るつもりはなかった。
 お互い探り合っているのだろうか。
 少なくとも流川は花道の出方を見ていた。けれど、花道はそんなそぶりは全く見せない。
 ああ過去のことなんだな、と思ったとき、流川の胸が少し傷んだ。
 なぜだろうか。
 花道に再会するまでの弾むような気持が消えた。会わないでいた方がマシだったとさえ思う。
 そんな自分の心に首を傾げ、流川は実際に首をあらぬ方に傾げていた。

「今日は、4月2だな。ルカワ」
 花道が口調も変えながら、話題を変えた。
「オレは昨日19歳になった」
「ああ…そう」
「…それだけ?」
 流川は花道と視線を合わせて、ため息をついた。
「おめでとうとか言ってほしいのか?」
 思わず鼻で嗤ってしまった。懐かしくて、以前の自分のように自然に出た。
「ま、ムリヤリ言ってもらっても嬉しくねーしな」
 花道がクスッと笑ったことを、流川は意外に思った。やはり、自分の知っていた花道と違う気がした。
「こっちに来てから言葉に苦労したけどよ」
「…はぁ?」
 突然話題が変わって、また流川は花道から視線を逸らせた。
「オレらって…オレって、結構思ってることと口に出したことが反対のこともあるな…って気がする」
「…意味わかんねー」
「いやむしろ、オレよりオメーの方じゃねーか」
「…わけわかんねーぞ。なんでも思ったことポンポン言うイメージだけど」
「うーん…まぁ…そうかな…」
 ますます花道の言いたいことがわからず、流川は眉を寄せた。
「こっちってさ、なんでもハッキリ言葉にしないとダメだろ?」
「…ああ」
「オレが思うに、オメーは自分で思ってもいねーことを言葉にしてみるといい気がするぞ」
「……?」
 改めて聞いてみても、花道の言うことがわからなかった。
「つまりな、オメーは自分の本心に気づいてねーんじゃねーかと…」
「……はぁ? なんでテメーにそんなことが言える」
 流川は驚いて思わず身を乗り出した。
「まぁ落ち着けって…っつってもムリか」
 花道が笑いながら受け流そうとすることもイラッとした。
「オレはバスケがしたい。アメリカでバスケがしたい。その気持ちは本心だし、口にも出してる」
「ああ…そういう意味じゃねーんだけど…」
 流川のイライラし出した様子を見て、花道はまた話題を変えた。
「なんつーか、これだけ日本語しゃべんのも久しぶりだなと思って」
 花道が天井の方を見ながら、穏やかな笑顔を浮かべた。その表情に、流川の心拍が跳ねた。
「…あれ?」
 うっとりする間柄ではない。懐かしいとは思うけれど、写真を飾っておきたいと思う相手でもなかった。
 この気持ちは何なのだろうか。
 戸惑いながらも、流川は自分を追及する気はなかった。
 

 

 

2018. 1. 3 キリコ
  
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