無 題 

 

 
                              

「オレはこれから一つウソをつこうと思う」
「はぁ?」
 今まで以上に変な声が出た。先ほどから呆れるほど話題がコロコロ変わる。短い時間にたくさんのことを話そうとしていたのだろうかと後で気が付いた。
「次いつ会えるかわかんねーからな」
 流川は小さく呟いた。花道の好きにさせようと思った。
「実はオレは…高校ンとき、オメーのこと大キライだった」
「ああ…そう…」
 流川はほんの少し目を見開いたけれど、驚かなかった。確かに高校一年生の頃ははっきりと感じていた。お互いがお互いの何かにイライラして、仲良くできる相手ではないと思っていた。
 花道はそれ以上何も言わなかったけれど、二年生になってからも嫌いだったというのだろうか。
 あのときの花道にウソはなかったように思うのに。
「オレはな、実はNBAの下の下の何とかってチームに入ることになった」
 その発言に、流川は自分が瞬間沸騰したのを感じた。とてつもなく嫉妬したのだ。今の自分のいるところより、はるかに上だからだ。
「…ウソなんだろ?」
 花道はニヤリと笑って、また違う話をした。
「それでな…そこにオレのが、が、ガールフレンドが一緒に行ってもいいっつってくれてて」
「…ガールフレンド?」
 聞きなれない単語を思わず繰り返した。たぶん表情に出してしまっただろうと自覚できるくらい、流川は驚いた。先ほどのチームの話とは別の意味で嫉妬した自分にも気が付いた。
「…ウソ…じゃねぇだろうな。さっきの方が…」
 流川のぼそっとした声を、花道は無視した。
「正直、年上だし、なんか養われてる感じがダサイけど、一緒に暮らして長いしな」
「はぁ?」
 今度は呆れた声になった。
 ここで一気に高校時代の言葉を思い出した。
 確か、結婚するまでは、とか言っていなかっただろうか。
 言葉を選びつつ、流川はそのまま花道にたずねた。
「ああ…言ってたなぁ…ガキの淡いユメっつーか…」
 正直に認められて、それでいて過去の自分を否定した。
 この辺りで流川はイライラがピークに達し、花道の話をさえぎるように立ち上がった。
「もう別にいー」
「…何が?」
「…わざわざウソなんかつかなくても…テメーのことなんかどーでもいい」
「……そっか」
 妙にしんみりした返事が来て、流川はストンと座り直した。
「じゃあさ、最後にキスさせてくんねーか」
「…意味わかんねー」
 すんなりとキスという単語が出せるくらいには、お互い大人になったというころなのだろうか。
「テメー相手がいるっつっといて、なんだ」
「こっちじゃ挨拶みたいなもんだろー」
 流川は小さく笑ったけれど、自分はこちらではしたことがないのだ。
 了承した覚えもないのに、少し身を乗り出した花道が顔を近づけてくる。その動きを見ていても、流川は微動だにできなかった。
 首だけ伸ばして軽く触れられた瞬間、流川は目を閉じた。瞼が熱くなったことに驚いたからだ。
「ルカワ」
 花道の長い指が流川の頬を一撫でして、小さな声で流川を呼んだ。
 花道が急に立ち上がり、上着を取った。流川が目を開けたとき、花道はすでにドア付近にいた。
「オレは…」
 ドアノブに手をかけながら、花道が低い声で言った。
「オメーが、もし追いかけてきてくれたら…なんだってできる。絶対に…」
 最後の方はドアを閉じながらだったので、流川には聞き取れなかった。
「…話さない? 離さない?」
 そんなようなことを言った気がした。
 流川は中腰になって、しばらく固まっていた。

 

 

2018. 2. 1 キリコ
  
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