無 題 

 

 
                              

 花道は寝苦しさを感じて目覚めた。いつもより狭いし、暑さを強く感じたのだ。
「あー…そりゃそうか…」
 広くもない部屋に大男が二人並んで寝ているのだ。
 まだ日が昇り始めた頃で、いつもよりかなり早起きしたと舌打ちをした。
 目線だけで隣を見ると、寝息を立てる流川がいた。泊まっていったのだから当たり前だけれど、不思議な気持ちだった。
 花道が無意識に首を動かすと、枕の布が音を立てた。そのせいか、流川のまぶたが反応した。
「あ…起きた」
 呼吸が変わり、目覚め始めたのがわかった。まぶたを少し開けて、パチパチとしばたいている。まつ毛が長いなと花道は細目で観察した。
 花道がそうしたように、流川も花道を確認するかもしれないと思い、慌てて寝たふりをした。
 けれど、流川はそのまま反対側に首を倒し、そのまま顎をあげて上の方を見ていた。
 花道の部屋を見まわしているようだ。そう花道には見えたけれど、実際はよくわからない。
 結局、流川は花道の方を見ないまま、上半身をゆっくりと起こした。
 花道からはその背中が見える。猫背に見えるのは、両腕を前へ伸ばしているせいだろう。花道よりやや細いかもしれないけれど、十分広い背中だ。自分とほぼ変わらない身長なのだから、当たり前かと頷く。いろいろな想像と現実のギャップを埋めようとしていた。
 なぜ相手は流川なのだろう。
 こんな朝を迎えるのは初めてで、これまでイメージしていたものとはかなり違う。花道のTシャツを着ているところはいい。けれど、ぴったりすぎる。
「この服大きすぎる」
 とか、言う相手とすることではないだろうか。
 ちっとも甘い朝じゃない。流川は座ったままぼんやりしているようだ。ここで朝食を作ってくれるようなタイプでもないだろう。
 これが花道が選んだ現実なのだろうか。
「わかんねー…」
 流されてここまで来た。それは確かだ。
 けれどもう、今では自分の意思でしていたことだとわかっている。わかっているけれど、認めることが難しい。
「桜木、起きてンだろ」
 ほんの少しだけ振り返って、流川が少し責めるような口調で言った。
「あ…ハイ」
 突然の声かけに花道はびっくりして、おかしな返事をした。
 流川はそのまま立ち上がって、帰る準備をし始めた。
 こんな朝早くに。
「もしかして…今日、行くのか?」
「…そー」
 花道はしばらく呆然とした。
 朝からいろんなことを考えたけれど、もうそんなことは関係ないくらい遠くへ行ってしまうのだ。無駄な考察の時間がもったいなかった気がした。もっと会話すればよかったと、心から思った。
「あの、オレ…送ってく」
「…は?」
 流川が眉を寄せたけれど、気づかないふりをして自転車のカギをうばった。
 顔も洗わず、何も飲まないまま出てきたので、さすがに途中でお茶を買って、二人で分けた。自然とそうしたことにも、花道は驚いた。

 結局、道中は無言のままだった。花道はいつもランニングしていた砂浜へ降りていった。何も説明しなかったけれど、流川も何も言わなかった。
「海いこーぜ」
「…は?」
 その声が聞こえる前に、花道は流川を肩に担いだ。
「えっ…ちょっ」
 流川の動揺の声が聞こえる中、花道は流川の靴を脱がした。
「おろせ」
 背中を軽く叩かれながら、花道は流川を担いで海に向かった。
 強い水しぶきの音を立てるように、花道は流川を放り投げた。周囲はちらほら人もいるけれど静かだったので、自分たちは目立つだろうなと笑った。
「なにしやがる」
 びしょぬれで立ち上がった流川が怒った声を出す。それからすぐに、花道は両肩を押された。流川と同じように派手に音を立てて倒れた。
「オメーこそ」
 殴ることはしなかった。ただ肩を押しあって、水に沈むことを繰り返した。
 周囲から喧嘩に見えるだろうか。花道はそう考えたけれど、実際には周囲の目もそれほど気にしていなかった。
 流川の前髪がおでこに張り付いて、強い目線も半分しか見えない。お互いに海水にやられて、目も開けにくい。二人とも呼吸が荒い中、ほんの少し休憩した。
 花道が流川の腰に手を当てると、流川が目を閉じた。
 ああ伝わってるな、と花道は感じる。流川は積極的ではなかったけれど、嫌がってはいない。
 水の中に押し倒してキスをしようとした。けれど、うまくいかなかった。
「記念すべきファーストキスが…」
 後になって、花道は決まらなかった自分が恥ずかしくなった。
 一度呼吸をしに海面に顔を出し、同時に息を吸った。
 流川が花道の背中に腕を当てたので、花道は流川の両頬を挟み込んだ。
 目を閉じて海水に沈んでいく流川の顔を、花道はじっと見つめながらキスをした。
 そのまま水の中で、流川が花道の背中に腕を回した。
 ギュッと背中に指を立てられて、花道は同じように指に力を込めた。
 立ち上がったとき、流川は少し俯いていて、表情は見えない。肩で呼吸しているのがわかるだけだった。
 ドンと肩を押されて、花道はわざと大きな声で倒れこんだ。
 最後だという合図なのだと花道にもわかっていたから。
 歩きにくそうに水の中を進み、自転車のカゴに靴を入れる。びしょびしょのまま、自転車をこぎ出した。その前に、少し残っていたお茶を花道の靴のそばに置いていた。
 一度も振り返らずに去っていった背中を、花道は水面から顔だけ出して見ていた。
「ちょっとは振り返れよ…」
 見えなくなってから、花道はギュッと目を閉じた。
 何も聞いていない。何の会話もなかった。伝わったものは気のせいではないとは思うけれど、なぜ何も言わないまま旅立っていくのだろうか。
「いっかいくらいスキって言えよな…」
 本当に想われていたのか。離れると急に自信がなくなっていく。
 ほんのり目尻に涙が浮かんで、花道は首を振った。
「あ…オレ、どーやって帰ろうかな」
 思い付きで行動した自分がおかしくて、花道はしばらく海に浮かんでいた。

 

 

2019. 2. 21 キリコ
  
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続きは、3月7日(木)か14日(木)にアップしたいと思っています。