無 題 

 

 
                              

 3月の下旬、花道は初めて外国を訪れた。
 飛行機の中では一睡もできず、何とかなるだろうと高を括ったせいで、英語についていけず、花道は苦労した。
 到着したのは夜で、夕食は各自でと言われたらしいけれど、同じような見学者と会話もできず、また土地勘もなく、花道は諦めてすぐに寝る事にした。同じ部屋に割り当てられたどこかの国の選手は外に出ているらしい。言葉もわからない初対面の相手と同室にやや緊張しながらも、花道はぐっすりと眠った。
「ここのどっかにいるんだよな…」
 流川もこの建物のどこかにいるはずなのだ。
「明日には会えるンかな」
 そう思うと、頬が熱くなった。

 朝早くから説明やら見学やらがあり、その中で花道は流川を遠目に発見した。
 グッと息が止まるような衝撃があって、ドキドキしながらもホッとしている自分がいた。
 高いところからの見学者に誰も注意を払わなかった。
 流川にも知らせずに来たので、花道は流川が驚くことを期待していた。
 実際に流川に会えたのは、夕食後だった。
 流川の部屋のドアをノックするのに、ものすごく勇気がいった。そんな自分をおかしく感じた。
 ドアに対応したのは流川で、花道の姿を見て少し目を大きく見開いただけだった。
 一度後ろを振り返ってよくわからない会話をし始めた。
「あ…そか…ルームメイトがいるのか」
 それからゆっくりと流川が廊下へ出てきて、花道の目の前に立った。
「よ…よぅ」
 花道がかすれた声で言っても、流川は無言のままだった。
「ゼンゼンビックリしてねーじゃねーか」
 流川が急に歩き出して、その後姿に向けて文句を言った。
「安西監督から聞いてたから」
「ああ…そう」
 そういうことかと納得しながら、花道は監督にムッとした。
「見学者の中でも赤い髪は目立ってた」
 少し笑いながら流川が言って、花道はドキッとした。
 目立っていたから気が付いたのだろうか。それとも、遠目でも花道ならその存在に気づいただろうか。
「で、どーする…カフェでもいくか」
 エレベーターのボタンを押しながら、流川が聞いた。カフェって何だろうとは聞き返せなかった。
「あのよ。オレの部屋、行こうぜ」
「…いーけど…」
 そういいながらも、流川は不満そうに見えた。
「たぶん誰もいないから」
「…なんで? 1人部屋に当たったのか?」
「いや……今朝まで誰かいたんだけど…夕飯前には荷物もなかった」
「…へー…」
 帰ったのか、移動したのか、流川にも花道にもわからなかった。
 けれど、ものすごくラッキーと花道は思った。
 流川と部屋に入り二人きりになったとき、花道の下半身は少し反応した。
 先ほどまで、キスしたいとも思ってもいなかったのに。
 それでも、花道はまずは流川のここでのことを聞きたかった。ベッドの上に並んで座り、アメリカに来てからのこと、バスケットのこと、ルームメイトとのやりとりや、生活全般のことなど、安西から聞いていた以上の実際を質問した。流川は真剣に答えてくれたと花道は思う。花道の本気をわかってくれただろうか。
 ふと会話が切れたときに、花道は自分のカバンからお茶を出した。
「あ…お茶…」
 流川がそのペットボトルを見て反応した。
「え…飲む?」
「…飲む」
 すでに開封されていたお茶を、流川は花道より先に口にして、ボソッと呟いた。
「お茶…久しぶり」
 ああそうか、と花道は驚いてから、花道もすぐにお茶を飲んだ。
 ふたを閉めながら花道は一度俯いた。
「あ…あの…ルカワ」
 最後は流川を呼びながら、花道は流川を押し倒した。
 ものすごくビックリした表情の流川を見て、花道は「あれ」と一度身を引いた。
 もしかして、もうこういうことをする相手ではなくなったのだろうか。
 流川がベッドから降りて立ち上がったので、花道はそう感じた。
 けれど、流川は自分のポケットを引っ張り出して、「何もないぞ」と花道に目線で訴えてきた。
 花道はホッと笑顔になりつつ、自分の荷物を探る。流川が使っていたものと思って準備したいろいろを、流川に渡した。
 袋の中を確認した流川が、部屋の電気を消しに行った。
 ここまで二人とも無言だった。

 花道がベッドで待っていると、流川がジャージを脱ぐ音が聞こえた。
 慌てて自分も脱ごうとしたら、先に流川の手が引っ張った。
「うわぁ」
 おかしな声が出た。久しぶりのフェラチオに感動したのに、色気がないなと花道は笑った。
 流川は無言のままだったけれど、花道を受け入れようとしているとき、少し苦しそうな声を出した。
 流川も久しぶりなのか、と気が付いたら、花道は一層興奮した。
 アメリカではそんな相手はいないのだろうか。
 もしかしたら、花道より前に誰か相手がいたのかもしれない。
 何しろ、流川はいろいろと慣れていたように思えたから。
 そんな考えは、花道を苛つかせた。
 流川を好きなわけではないけれど、独占欲やら何度も体を重ねた情があって、認めたくないけれど嫉妬してしまうのだ。
 花道はほどなく射精してしまい、それからすぐに自分でコンドームをつけた。いつかのように、と花道は希望して、流川は断らなかった。
 バックスタイルで、花道は流川の乳首に触れた。しつこく胸ばかりいじっていると、やがて流川が自分自身をしごき始める。
 そのままゆっくりと静かな動きで、花道は流川が射精するのを待った。

 呼吸を整えながら、流川がジャージを着始めたのを見て、花道も同じようにした。
 たぶん電気をつけろ、という意味だと思ったから。
 花道をじっと見ながら、流川はゆっくりと立ち上がった。
「桜木」
 まっすぐに目線を合わせながら、静かに名前を呼ばれた。
「は…ハイ…」
 何だろう、告白だろうか、そう思った花道の頬は熱くなった。
「すまなかった」
 流川が深々と頭を下げた。
「…へ?」
 顔をあげた流川が無言でいる間、花道の口からは変な言葉しか出てこなかった。
「巻き込んで…すまなかった」
 少し説明がついても、花道にはわけがわからなかった。
「あの…どーいうこと?」
「…オレはホモじゃねー」
「…は?…えっと、たった今もオレとした…よな?」
 一度目線を上にあげた流川が、ゆっくり話し始めた。
「オレはホモじゃなくて…後ろのオナニーが…」
 最後は「好き」と言ったように聞こえたけれど、そこだけ小さかった。
「後ろのオナニー?」
 流川はそれ以上説明しなかったので、花道はこれまでの知識を総動員してイメージした。
「えと…アナルに…入れたり…ってこと?」
「…そー」
 花道は、他人の性癖を初めて聞いた。動揺して、どう反応していいのかわからなかった。
「オレは、桜木としかしたことない」
「え…そーなの?」
 先ほどまでの嫉妬がパーッと消えた映像が見えた。
「じゃ、じゃあ…オレがスキってこと?」
「…そーじゃねぇ」
 いきなり振られた気がして、花道は文字通り肩を落とした。
「じゃ…ダレでもよかったンかよ…」
「それはチガウ……テメーだから」
 花道には今一つすんなり納得できる答えではなく、流川をじっと睨んだ。
「急に…襲うみたいになって、すまなかった。傷つけたなら申し訳ない」
「あ…いや…そこはその…もっかいしたいとか思ったし…」
 花道はあのとき驚いたけど、嫌悪感よりも快感の方がはるかに強かった。
「桜木…テメーはもう普通の世界に戻った方がいい」
「は?」
 話がポンポン飛んで、花道の表情はクルクル変わった。
「女と恋愛して……オレとのことは忘れろ」
 恋愛という言葉が流川の口から出てきて、花道は心底驚いた。
「オメーを忘れろって?」
「バスケはともかく、こーいうこと…」
「で、でも…オメーもしたかったんじゃ…」
「…まぁ…久しぶりだったし…」
「……こっちじゃ、そーいう相手見つからなかったのか?」
 流川目線をそらしながら、ふっと優しい笑顔になった。
「日本でも…テメーほど信用できる相手はいねー。だからテメーと」
 ゆっくりと視線を合わせながら、流川が静かに言った。
「え…」
「けど、これにハマってしまったらマズイと思って。テメーはホモじゃねーだろ?」
 うんうんと花道は力強く頷いた。
 流川は一度俯いて、顔をあげて少し明るい声で言った。
「桜木、ハグしよう」
「…ハグ?」
 右腕をあげて、左腕を斜め下にしながら、流川が花道に抱き着いてきた。
 ギュッと背中を抱きしめられて、花道の胸は高鳴った。
 花道が両腕を背中に回す前に、流川はスルリと歩き出した。
「ま、待てルカワ」
 先ほどまでたくさん会話していたのに、流川はまた無口に戻ってしまった。目だけで「なんだ」と聞いてきた。
「キスして」
 花道自身、自分の言葉に驚いた。流川も今日一番驚いた表情をしていた。
 流川が踵を返し、花道をじっと見つめた。
 右手を花道の頬に当て、少し首をかしげて瞼を半分閉じた。
 ふわりと触れただけのキスに、花道は目を閉じた。
「今日はしょっぱくねー」
 流川が笑いながら言った。
「こーいうことができるくらいには…」
 語尾を濁しながら、流川が立ち去った。
 花道は浮き上がったり沈んだりした感情を持て余し、しばらくその場から動けなかった。

 

 

2019. 3. 28 キリコ
  
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あまり予定通りに更新できず、すみません。
更新日決めておかないと、たぶんもっと書けなくなるので…(汗)

続きは、4月11日(木)を目標に…