無 題
日本に戻ってすぐ、花道は三年生になった。
いろいろ考えたいけれど、新入生が入部してきたり、県大会への準備もあった。
そして、花道の今後の身の振り方について、安西とよく話し合った。
流川のことを考える時間がない、と花道は思う。
むしろ考えないようにしている、と自分で思っていた。
帰りの飛行機はとても落ち込んだまま、一睡もできずにいた。
何に落ち込んでいるのか、花道にはわからなかった。
考えて考えて出した結論は、告白もしていないのに振られた気がするということだった。
「告白する気もなかったのに」
行為はしていたけれど、好きという感情はなかった。
けれど、流川はきっと自分のことが好きだろうと思っていた。このことが、花道が自分が考えていた以上に期待していたことなのだと気が付いた。だから、ショックなのだろうと。
「まー……もう会うこともねーだろ…」
今回アメリカに行ったことも、流川に会いに行ったわけではない。何か所か見学して回るところに流川がいただけだ。
旅立つ前は流川に会えることが楽しみだと少し思っていた。
今は、よくわからない感情を持て余し、会いたくないとしか思えない。
この時期のこの感情は、花道の今後について少なからず影響した。
春から夏にかけてあっという間に過ぎてしまい、花道は呆然とした。
主将としてどうだったのか、チームを導けたのか、自分では判断ができなかった。
そして花道は、夏の終わりにアメリカに旅立つことに決めていた。
「卒業なんてどーでもいい」
あと半年ほどだから卒業してからでも、という意見もあった。
けれど、花道はもう迷いもなく、学歴よりも、少しでも早く追いついて追い抜きたい相手がいるから。
「会いたくねーけど、強くならねーと…」
そして、流川がいたところより、遠くの州を選んだ。
アメリカで流川に会ったあと、花道は花道なりに英語の猛勉強をした。
「アイツ、しゃべってた…」
流川の部屋で同室の誰かと話していた。たぶん、ちょっと出てくる、とかそんな簡単なことだっただろうけれど。
花道はさっぱりわからなかった。
けれど、これからは本当に一人で頑張らなければならないのだから。
見学ではなくアメリカに来ることができたことを、花道は自分で自分を褒めた。
アメリカでの生活は想像以上に厳しく、花道はどんどん気持ちが沈んでいった。
体力面には自信があったつもりだけれど、こちらでは普通のことで、言葉のハンデだけではなく、人種による差別も感じるようになった。
負けるもんか、と思うけれど、部屋で一人になると俯いてしまう。
泣きたくはない。
けれど、悔しくて腹が立って涙が出そうになる。
こんなにも寂しいものなのだな、と。
「いや……ルカワが泣くとか…ねーだろ…」
想像はつかない。花道が知らないところで落ち込むことがあるのかもしれないけれど、それを見せる男ではないと思う。
だから、花道も絶対に誰にも見られたくないと思う。
アメリカに来て一ヶ月ほど経った頃、日本の母親から手紙が来た。それは初めてではなかったけれど、それすらホッとする自分を再発見した。
中身は、流川からのハガキで、日本に届いたものを転送してきたものだった。
「え…ルカワ?」
てっきりあれで縁が切れたと思っていた。
「引っ越した……だけ?」
ハガキには引っ越したとだけ書いてあった。
そういえば、流川は花道がアメリカにいることを知らないはずだ。安西にもチームメイトにも言わないように念を押してきた。
「バーカバーカ…オレ様はここにいる」
悪態をつこうとして、花道は目頭が熱くなった。
そのまま家を飛び出して、練習着のまま長距離バスに飛び乗った。
夜9時ごろに、流川の住所にたどり着いた。
意外にも近くにいた。といっても隣の州だったし、バスで3時間ほどかかった。
ドアベルを鳴らしても出ない。
勢いのままここへ来たけれど、実際に会ったら困る気がするのだ。
どうしようかと花道は街灯の柱に両腕でぶらさがるようにして俯いていた。
「桜木?」
聞きなれた声がいつもより高めのものだったので、花道はすぐに理解できなかった。
足音が近づいてきて、顔を覗き込むように長身をかがめた。
「ルカワ…」
ああ本当に流川だ。
その顔を確かめた途端、花道の両目から大粒の涙がこぼれた。
慌てて両腕で顔を隠していると、流川が少し離れていく。耳だけで確認すると、誰かと話しているのがわかった。ほんの少し目を出すと、似たような長身の誰かと手を振り合っているのがわかった。
花道の肩を一度叩いて、流川は無言のまま部屋へ誘導した。
何も聞かれなかったことに感謝しながら、必死に涙を止めた。
流川の部屋が明るくなった瞬間、花道は無意識に目線を素早く動かした。
「トイレ、あっち」
流川がそれだけ言って背中を押す。そのまま歩きながらも、部屋の中から目が離せなかった。
洗面所で、花道は勢いよく顔を洗って、思わず笑ってしまった。
「ひでー顔…」
情けないけれど、いつまでもここに閉じこもっているわけにもいかなかった。
部屋に戻ると、小さなダイニングに流川が座り、コーヒーカップが2つ置いてあった。
流川の目線はテレビの方を向いていて、花道を見ようとはしない。
もしかして流川が気を使っているのだろうか。
先ほどより薄暗くなった部屋の中で、花道は再び目で確認して、さっきと何かが違うと違和感を感じながらも、言葉にすることはなかった。
「コーヒー飲むか?」
聞く前に入れてあったけれど。
花道は流川の横に立って、カップを取った。
「あちっ」
花道の反応に、流川が少し笑った。そして、吹き出すように話し始めた。
「テメーがここにいてビックリした。まだ日本だと思ってた」
ようやく驚かせることができたと思ったけれど、花道は嬉しがる余裕はなかった。
カップを置いて、花道は流川の首に抱き着いた。
椅子から落ちそうになった流川を引っ張り上げると、流川も花道の背中を優しく撫でた。
花道はとにかく驚いた。
情けないほどに涙が止まらず、あれほどの不安が吹っ飛ぶかのように安心して呼吸ができる。
顔を見ただけで、これほど安堵するとは思わなかった。
日本語が懐かしいわけではない。
流川に会えて本当に嬉しくて、これほど会いたかった相手だったのだと気が付いた。
それからしばらく、花道が流川のシャツを濡らしても、花道の気のすむまで流川はじっとしていた。
2019. 4. 17 キリコ
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