無 題
その夜は、流川に誘導されるまま、狭いベッドで寝た。花道が手前で流川が壁側に、流川は花道の背中に張り付くように眠った。
寝苦しかったはずだけれど、アメリカに来て初めてぐっすりと眠った。
朝早く花道が目覚めたとき、流川はまだ起きていなかった。
改めて見回しても狭い部屋だ。ダイニングのすぐそばにベッドがある。一応寝室のようだけれど、テレビとベッドでほぼ部屋は埋まっている。
「ま…オレの部屋も似たようなモンか…」
1人暮らしをしようと思うと、金銭的に狭い部屋しか住めなかった。
流川はいつからここにいたのだろうか。
花道は遠くを選んだつもりだったのに。
「コイツが勝手に来ただけだから、オレのせーじゃねーし…」
花道がアメリカに来たことを知らなかったのだから、偶然だろう。
今は、会える距離にいることが嬉しく感じた。
「ルカワ」
あまり起こしたくないけれど、花道はやや遠慮がちに声をかけた。
ゆっくりと瞼が空いて、流川が花道と視線を合わせた。思えば、再会してから、やっと目が合った。
「桜木?」
「…オレ、朝のバスで帰る…から、カギかけろ」
「ああ……わかった」
立ち上がろうとした花道の腕を、流川が軽く引いた。
「桜木」
「…へ?」
「住所おいてけ」
「…は? 住所?」
花道が床に座って、まだ寝ころんだままの流川と視線を合わせた。
「どこにいるかだけは…教えろ」
「はぁ?…なんで?」
しばらく目を上にやって考えた流川が、ほんの少し笑って答えた。
「飲みたい気分のとき、会いに行くから」
一瞬で、花道の頬は上気した。そんなことを言うとは思いもしなかった。
「う、あ、いや、えっと…」
花道がうまく説明できないまま、少し前かがみになった。
すると、流川もほんの少し首を前に出す。
花道からゆっくりとキスをすると、流川が花道の頬に手を当てて目を閉じていた。
「気を付けて帰れよ」
「…うん…」
ふとんの中からほんの少し手を振る流川を見ながら、花道は離れたくない衝動にかられた。
帰りのバスで、花道はずっと手を頬に当てていた。赤くなった頬が周囲にばれないように。
あんなにもしゃべる男だっただろうか、飲みに行こうとか自分に対して言うとは思わなかった。ほんの少し笑った。ずっと優しかった。
「あれ…ダレだ…」
そう思うくらい、ドキドキした。
そして、流川の言う飲みたい気分というのは、すぐに来たらしい。
再会から一週間もたたないうちに、流川が花道に会いに来た。数日前に電話を入れて予告もあった。
バス停で待ち合わせをして、バスから降りてくる流川を見つけたとき、花道の胸はドキッと鳴った。
今度は懐かしいわけではない。
けれど、やはりものすごく安心したのだ。
「ホッとする相手じゃねーんだけど…」
目の前に立っても、お互い何も言わない。
花道は無言で部屋へ案内した。
部屋についても、流川はあまり話さなかった。
「っていうか、まだ一言もしゃべってねーぞ」
流川はぼんやりとテレビを見ている。花道の方をあまり見なかった。
かなり時間が経ってから、ボソッと小さな声で呟いた。
「テメーは…ずいぶん元気になったようだな」
「…へ?」
流川にそう指摘されるまで、一週間前とは別人のようだと花道は気づかなかった。
あの後、花道は急に顔をあげることができたような、そんな気分だった。
何を言われても気にせず、食べたいものを食べ、ぐっすり眠る。
そういえば、いろんな人にたずねて回って、昨日このテレビを手に入れたのだ。
確かに、たくましくなった。
こうなれたのは、流川のおかげかもしれない。
悔しいけれど、そうでなければうつうつとして、アメリカに慣れるまで、もっと時間がかかったかもしれなかった。
「まぁ…別に…オレぁいつでも元気だけどよ」
ちょっと横を向きながら、花道は強がりを言った。
それでも、流川からあまり反応はなかった。
もしかして、今度は流川の方が落ち込んでいるのだろうか。
花道には、落ち込む流川が想像できなかった。
「オメーよ…もしかして泣いてンのか?」
「……泣いてねー」
まだぼんやりとテレビの方を見たまま、花道の予想と違った反応が来た。
もしかして、本当に気持ちが沈んでいるのかもしれない。
飲みたい気分というのは、そういうことなのだろか。
慰めればいいのか、黙っていたらよいのか、花道にはわからない。
けれど、食べればそれなりに元気になると花道は思う。
「メシ食うか。オメーが来るっつーからカレー作ったぞ」
流川がようやく顔を上げた。無表情のままだけれど、カレーは好きだろうと思う。
「おら、手伝えよ」
「……エラそーに…」
客人としてもてなすつもりはない。
けれど、先日のお礼の気持ちもあった。
飲みたい気分でも、まだ実際飲むことはできないし、それほど飲みたいわけではないだろう。
美味しいものを食べて、日本語で気楽にしゃべって、ゆっくり寝たらいいはずだ、と花道は思う。
先週流川のところに行った自分には、ほとんどどれもなかった。ぐっすり眠れたのは確かだ。
ただ流川に会って背中を撫でられたら復活した。
言葉では伝えられないけれど、ものすごく感謝した。
2019 .5 14 キリコ
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外国で17歳って一人暮らしできるのかなぁ
相変わらず更新がのんびりですみません…