ドクター

 クリスマスプレゼント
    <後編>


 後悔の朝。取り敢えず起きてから顔を冷やし始めたミッターマイヤーをソファに寝かせ、そばにフェリックスを置いた。カゴに眠らせて、である。
「そのまま休んでいろ。腫れが引いたら出かけよう」
 顔中を冷やしたタオルで覆われた恋人の頭部にキスをしながら、コートを着始めた。
 ミッターマイヤーには、ロイエンタールがどこに行くのかわかる気がしたので、敢えて何も聞かなかった。気にならないといえば嘘になるが、今、自分の右手にはプラチナが光っている。
「いってらっしゃい…」
 と言いながらも、決してタオルを外さなかった。やはり心中複雑で、笑顔で見送れるようなお出かけではなかったのだろう。
 そんなミッターマイヤーの様子を、こちらも複雑な顔をして見ていた。
”なんで別れた女に俺がわざわざ……”

 『フォン・コールラウシュ家の家出娘』
 昨日の電話でいろいろとわかったことがあった。身なりは汚かったがどこか気品があったと感じたのは、そういうことだったのか、と納得した。ロイエンタール自身が上流階級の出であり、そういった女性を見分けることが出来た。子どもまで作った間だったのに、相手の名字も知らなかったのである。アパートを探したときも妹の世話、という形だったから。

 シカゴ市内のニューベリー病院は、彼らが勤めるセイント・ジョゼフ病院ほど大きくはないが、設備も整った病院であった。その病院の個室(感染予防のため)にエルフリーデは入院していた。こういうところは家族の面会がほとんどであり、心苦しかったが「フィアンセです。」と言うしかなかった。
会うのは9ヶ月ぶりだった。
 前はキツイ美人だと思っていたが、子どもを産んだせいか、または病気のせいか、やや生気の衰えた穏やかな顔をしていた。
 エルフリーデは意外な人の訪問にかなり驚いていた。しかし訪問の内容も察しがつき、心配がフェリックスに及び、ロイエンタールの言葉をかまえて待っていた。
「相変わらず俺を睨むヤツだな」
 言葉とは正反対のその意外なほど優しい声音に驚いたが、相変わらず愛想もない表情で、しかしどこか懐かしいとも思っていたエルフリーデは、単刀直入に聞いた。
「何しに来たの?」
 入院している人に会いに来るのはお見舞いに決まっているだろう、と思いながら、それでもロイエンタールは気分を害された様子もなく、
「話がある。フェリックスのことだ」
「…フェリックス」
 自分の息子と離れてまた24時間も経っていないのに、エルフリーデは懐かしくて堪らなかった。こんなに離れているのは初めてなのだ。しかしこれに慣れなければならない、と自分に言い聞かせた。
「あの子を…預かって。お願い」
 ロイエンタールの金銀妖瞳から目を逸らさず、はっきりと頼んだ。エルフリーデがロイエンタールに物を頼むのは、これが最初かもしれなかった。
 ロイエンタールの中には、勝手に置いていったくせに、という思いもなくはなかった。
「預かって、とはどういうことだ。お前は自分のことをわかっているのか?」
「…医者に聞いたわよ。いろいろ」
 ここまできて、突然エルフリーデはロイエンタールがフェリックスのことを聞いてこないことに気がついた。『フェリックスを頼む』というようなことは書いたが、『お前の息子』だとは言っていなかった。しかし預かって、と言えば察しはついたかもしれない。
 また、自分がここにいることを知っていることにも今更ながら驚いた。
「俺は医者だ。…いろいろ計算も出来るし、情報も入る」
 遠回しに自分の息子であることを認めたらしいロイエンタールの口調に、ホッとするような、出来れば黙ったいたかったような気がした。返事が返ってこなかったので、ロイエンタールは続けた。
「預かるっていうのは、いずれ返せということか? それは無理だろう」
「……なぜ?」
 また睨み始めたエルフリーデには、ロイエンタールの言いたいことがわからなかった。
 自分の病気が厳しい状態であること、返せといっても自分が病院から出られないかもしれないことも知っていた。そういう意味なのだろうか。
”それとも私に母親の資格がないとでも言うの…?”
「お前が退院出来る出来ないの話ではない。籍のことだ」
 認知しない、という話だろうか、さっきからロイエンタール一人に話させ、黙ったままでいた。
「とある夫婦の養子、という形にしたい。…それでもいいか」
 まるで死刑の宣告でも受けたかようなショックな顔だった。絶対に自分の手で育てられないのだ、と言われたようだった。自分はフェリックスを残して死ぬのだ、と。
 エルフリーデは初めてロイエンタールの前で涙を流した。とても静かで美しい涙だった。
 どれくらいの時間が流れたのか、黙ったままでいたエルフリーデは冷静になって考えようとした。
”両親がそろった家庭でも、私のように幸せとは限らない…でも愛のない家庭で育った私に、これ以上フェ リックスに愛を注ぐのは無理なのかもしれない…。そして、この男一人に育てさせるよりは……”
「…お前に任せるわ。オスカー・フォン・ロイエンタール」
 泣いたとしても、泣き崩れたり取り乱したりしない、冷静で気位の高い、こんな女はいい、などと考えながら、ロイエンタールは小さく頷いただけだった。本人が家族のことを話さないつもりであれば、追求するつもりはなかった。
 フィアンセ同士の会話としては、随分な会話だったが、短い面会は終わった。
 帰ろうとするかつての情人の背中に、
「お前、変わったわ…」
 ほんの少し微笑みながら、エルフリーデは小さな声で言った。振り返りながらロイエンタールは改めていい女だ、と思った。
「…お前もな」
 これから化学療法が始まるだろう。そのつらさに、笑顔も見られないかもしれない。それでも気位の高いあの女ならば、苦痛の声など漏らさないのかもしれない、などと想像しながら、病院を後にした。

”今度はウォルフに話さなければなさないな…”
 エルフリーデよりもミッターマイヤーの方が、表だってヤキモチを焼いたり、大泣きしたり、よっぽど感情的ではないか、とロイエンタールは思う。そんなミッターマイヤーが結婚して妻もいるのがやや不思議な気もしていた。もっとも、そう見受けられるようになったのは、ロイエンタールと深い仲になった後であるし、その後、ミッターマイヤーはまだ妻には会っていないのであった。
 部屋に戻ると、ミッターマイヤーの話し声が聞こえた。どうやら電話中らしい。タオルを片手に、俯いたり、上を見たり、そわそわとした感じで話している。誰と話しているかは知らないが、そこまでお互い干渉しないようにしていた。フェリックスは電話のそばに寝かされていた。
 聞こえてくるのは、「うん、うん。」ばかりで、会話というよりは一方的に聞いているだけらしかった。
 しばらくすると、フェリックスがぐずつきだした。
 電話のそばで泣かれるのも迷惑だろうと、カゴごと引っ張ってこようとした時、大泣きに変わった。仕方なく抱き上げて遠ざかろうとしたとき、電話の主は、
「いや、え〜と、それは…つまり…えー、だから今のは…」
 等々、説明になってない話をしていた。ミッターマイヤーの表情は明らかに困っているものだった。
 よくわからなかったが、とにかくフェリックスを連れて、リビングに戻った。相変わらずロイエンタールが抱くと、フェリックスは機嫌が良くなった。
 電話を終えたらしいミッターマイヤーは、おそらく無意識な行動であろうが、右手の薬指を左手でいじりながらリビングに来た。顔の腫れは多少はましになったようだった。
「ただいま」
 何も言ってくれない恋人に先回りしてそういいながら、軽くキスをした。
「…おかえり」
 お互い見つめ合ったまま、お互いが話しだすのを待っている、といった空気が流れていたが、どちらもなかなか話出さなかった。

「買い物に行くか? だが、今日はクリスマスだからな。お店も開いてないだろう」
「あ、そうか…」
 しまった、といった感じで、ミッターマイヤーは爪の先を唇で噛んだ。
「でも、フェリックスがずっとカゴで寝るなんて、かわいそうじゃないか…」
「ま、明日までのしんぼうだ。ベッドに寝せるわけにも行くまい」
 赤ん坊は柵がないと、落ちてしまう危険性が高いからである。
「…ま、そうだな。では出かけないでいる?」
「こいつを連れていくのも大変だし、置いて行くわけにもいかないからな。赤ん坊なんて面倒だな」
 ロイエンタールはため息をついたが、そう言いながらもかなりフェリックスに気を使い、心配していると、ミッターマイヤーは思った。昨日から突然父親になり、父親らしくなった様子を、また複雑な思いで見ていた。
 お互いに、肝心の話を出来ないでいた。
 ロイエンタールはエルフリーデのことを、ミッターマイヤーはエヴァンゼリンのことを、である。

 フェリックスのオムツとミルクが済んだ後、二人はしばらく黙っていた。
 しばらくして、先にミッターマイヤーが話し出した。
「エヴァが…、クリスマスだからって電話を…。いつもはメールなのにさ…」
 ハハッとおかしくもなさそうな笑いをつけて、とにかく何かを話さなければ、と思った。それに対して、ロイエンタールは心配に思うことと疑問に思ったことがあった。ミッターマイヤーが、エヴァンゼリンからの電話を喜んでいたようには見えなかった、という心配、電話中にフェリックスがそばで泣き出したことより、赤ん坊がいることがわかったのではないかという疑問、であった。
「奥方は、フェリックスの声を聞いたのではないのか?」 
「…うん。…赤ちゃんの声かしら?って聞かれた。でも…、言わなかった」
「言っておけばいい。言っておいてほしい。お前ら夫婦に頼みがある」
 ロイエンタールの表情は真剣になり、ソファから身を乗り出した。
「はっきり言おう。フェリックスをお前の養子にしてもらいたいんだ」
 話の重大さにミッターマイヤーも身を乗り出した。そしてかなり真剣に考えなければならない会話なのだ、と心した。
「な、…なぜ? 両親がはっきりしているのに…」
「父親と母親がいるだけだ。両親ではない。母親は…あんな状態だし、俺一人では育てられない」
「そんな……お前の息子だろう? それにあんな状態だけではわからない」
 ミッターマイヤーは母親の病状を詳しくは聞いていなかったのである。
「M2だそうだ」
「…なら、助かる可能性もないわけじゃない。それまでお前が面倒見れば…」
 ロイエンタールはミッターマイヤーを見つめたまま、しばらく考えていた。
「……ちょっと話が急だったかな。いずれ、奥方にも話しておいてくれないか」
 その話をいきなり始めて、いきなり終わろうとしたロイエンタールに、少々ムキになって立ち上がった。
「待てよ。 そんな…、急に…、エヴァになんて言えば……」
 語尾の方はだんだん弱くなっていった。
”ロイエンタールがこんな冗談言うはずはない。ということはやはり本気なのだろう。エヴァには何て言うだろう? いや……俺はどうしたい……?”
 黙り込んで自分に問いかけていたミッターマイヤーを横目に、そばで眠っているフェリックスの寝顔を見ていた。
”俺には人の親になる資格などない、と思っていた。俺よりもはるかに人間味のある両親の元で育てれば、
 俺のような人間にはならないかもしれない。俺の子であっても…”
 ミッターマイヤーはミッターマイヤーで考えていた。
”前に自分で家庭を持つつもりはない、と言っていた。だが子どもが出来たなら…しかし母親は病気か…もしも自分達で引き取ったら…フェリックスはどこへ行くんだ? エヴァの元か? それでロイエンタールは平気なのだろうか……”
 まだまだ二人のレジデンス期間は終わらない。ここでドイツに帰っても中途半端なのである。
 とにかく考えねばならないことが、お互いたくさんあった。
 二人はこの話題を避けて、クリスマスを過ごし、どことなくぎこちない甘くないクリスマスを過ごした。
 大変なクリスマスプレゼントだったな、とお互い感じながら。

 次の日、Dr. ヤンと勤務を交代してもらったミッターマイヤーは、どうしても確認しておきたく思い、フェリックスの母親の所へ会いに行った。ロイエンタールから病院を聞き出していたため場所もすぐにわかった。教えてもらうのに、かなり骨を折ったが。
 面会は、見知らぬ人を「フィアンセ」というわけにもいかず、「フィアンセの弟」と言った。本来それもおかしな話であったが、とりあえず面会は許された。あとでナースステーションで、『似ていない兄弟』と噂されたことを、二人は知らなかった。
「は、初めまして。ミッターマイヤーです」
 できるだけ小さな声で言った。相手の女性は、ベッドに腰掛けていたが、見知らぬ訪問者に驚いてはいるようだったが、歓迎されてないわけでもなさそうだった。
「あなた…ぶつかった人…?」
 ミッターマイヤーはこの質問には驚いた。あの時はほとんどこちらを見ていなかったように思うに、自分のことを覚えているとは思わなかった。
「怪我したわけではないので、どうぞご心配なく」
 何故自分のところに来たのか、などについては特に彼女の方から聞いてはこなかった。
「俺、いや私は…ロイエンタールの同居人で、同僚で…親友…」
 エルフリーデの方にもいろいろ合点がいったようだった。
「…彼は…あなたにフェリックスを養子に、というつもりなのね…?」
 そう言いながら、ミッターマイヤー自身を値踏みでもするかのように、全身見回した。
”あの男が信用した男…”
 一方ミッターマイヤーの方は『彼』と言う表現にぴくりと反応しており、なめ回すような視線には気がついていなかった。いい加減それが自分のヤキモチである、とわかってもよさそうなものであるが。
 いきなり本題に入った会話だったが、ミッターマイヤーはかえって話しやすくなった。
「昨日、そう言われました。あなたは…同意しているんですか?」
「…あいつに任せているから」
”今度は『あいつ』…。ぶっきらぼうなような、でも『任せる』っていうのは信頼しているからじゃ…”
 ミッターマイヤーはいちいちエルフリーデの言葉に反応していた。
「私は…、今後どうなるかわからないじゃない? あいつがあなたに、って思っているなら私は何も言わないわ。だから…」
 そこまで言って、エルフリーデはベッドの上に座り直した。
「あの子を…フェリックスをお願い」
 もしもエルフリーデという女性を知っている人が見たら、見知らぬ男性に頭を下げるエルフリーデを見て驚いたことだろう。
「お、私は…まだ…」
「…あなたは、結婚しているのよね? 右手に指輪をしているし…」
 そこまで言われてミッターマイヤーはハッとした。うっかり部屋を出るときまで指輪をつけてきてしまったのだ。
「…妻は…ドイツにいます。私はしばらくアメリカから帰れません。だから……」
「それなら…それまでは、アメリカに置いてやってほしいわ…出来れば」
 あっさりとその言葉を口にしたエルフリーデの瞳が、初めて会った時のように、赤くなっていた。
 アメリカに、自分のそばにいれば、会える可能性もあった。たとえ病床中でも近くにいるんだ、と思えたらどんなに励みになるだろう、と気の弱いところを人に見せようとしないエルフリーデは考えていた。
 ミッターマイヤーは、今日、断りに来たわけではなかった。またここで養子について返事をするつもりもまだなかった。ただ母親の意志を確認したかったのである。
「…もうしばらく考えて…考えさせて下さい」
 頭を下げながら、勢い良くミッターマイヤーは病室を出た。その時彼女の身体は自分で自分を支えるように泣き崩れたようにミッターマイヤーには見えた。

 フェリックスは隣人の老夫婦に頼んできていた。病院に子どもを連れていくのは憚られたからだ。迎えに行って、グッスリ眠っているフェリックスに安心しながら、その寝顔を見て思っていた。
”フェリックスは愛情たっぷりで育てられている。あの女性は、本当にフェリックスを愛している。今は闘病中でも、もしも…もしも治ったら…、きっと取り戻したい、と思うのではないだろうか。そして、その時もしもエヴァに預けていて、また返すとなると、エヴァが悲しむ…よな…”
 夕方までのフェリックスとの二人っきりの時間に、その泣き顔や寝顔を見ながらミッターマイヤーはじっくり考えた。フェリックスの、そして自分たち夫婦の今後、ロイエンタールとエルフリーデの今後、などに関わる重大な、一生に関わる問題だからである。
 産みの親、育ての親、どちらが幸せか、などということは簡単には決められない。自分たちは夫婦ではあるが、人の親になったことはないのである。そんな自分達にフェリックスを育てられるのか、そして今自分は遠く離れて暮らしている。それでも養子に、と言ってくれたロイエンタールが、自分のことを信頼してくれているのが今回のことでよくわかった。自分の息子を人の子にしようというのである。それは自分にとって、とても光栄なことだった。
 では、ロイエンタールは、というと、エルフリーデと結婚するとはあまり考えられなあかったが、彼女の方は、十分母親としてやっていたようだし、ロイエンタールも認知して金銭的に補助するでもするだけでも随分彼女は助かるだろう。それに、はじめはイヤな顔をしていたロイエンタールであるが、たった一日で父親顔になってしまった、とミッターマイヤーは感じていた。
 要は、彼女次第ではないか、という結論に、ミッターマイヤーは達したのである。

 夜遅くに、ロイエンタールは帰ってきた。
 出来るだけ明るい声で「おかえり」と抱きついた。すぐに上からキスが降ってくる、そんな日々はいつまで続くんだろう、などとミッターマイヤーは考えていた。
「座ってくれ、オスカー」
 シャワーから出てきたロイエンタールにミッターマイヤーはそう言った。ロイエンタールは何も聞かず、言われた場所に座った。
「…フェリックスのことだ。…俺は、フェリックスがここにいることをエヴァに話す。でもそれだけだ。養子の話はとりあえずしない」
「……養子には出来ない、ということか…?」
 拒絶されたような傷ついた顔になった、とミッターマイヤーには見えた。
「今すぐには出来ない。彼女の病状をもうしばらく見ないか…? それからでも遅くはないと思うんだけど」
 ロイエンタールは何も言わなかった。
 ミッターマイヤーも自分の言葉に自信があったわけではなかった。
 医者が、楽観的に考えたり、奇跡に頼ったりして、酷い目に遭うのは目に見えていたからであった。
「そこで、俺が考えたベストは、ここで、…ここで育てる、というか預かるのが一番じゃないかと思うんだ。病院の託児所に預けて、ベビーシッターって手もあるし…、隣りのハサウェィ夫婦も預かってもいいって言ってくれたし・・・。俺達でも何とかなるんじゃないかと思うんだ。…お前はどう思う…?」
 ソファの肘掛けに腰掛けていたミッターマイヤーは、ロイエンタールの目線より高い位置にいるのに、上目遣いでロイエンタールの返事を待った。
 ロイエンタールは、というと、おそらくミッターマイヤーならすぐにわかるような、呆然とした顔でいた。
「…ウォルフ…」
 言葉にならないというのはこういうことだろうか、ミッターマイヤーの身体を思いっきり引っ張り自分の胸の中に押し込めた。その力強い腕に、ミッターマイヤーは嬉しくもあったが、何より息が出来ないのには苦しんだ。
「すまない。…俺の巻いた種で、お前を巻き込んで…。正直呆れられて出て行かれるんじゃないかと思っていたんだ…」
 その言葉にミッターマイヤーはかなり驚いた。
「…そんな風に思っていたのか? お前のことだからいつかやるだろうとは思っていたんだ、実は」
 苦しい腕の中で笑う声が聞こえた。
「それに…右手を見てみろ」
 誕生日、お互いにしたプロポーズにこたえ合ったではないか、と口に出来ず、遠回しに伝えた。
 家の中ではロイエンタールも同じ指輪をしていた。これはロイエンタールがペアリングとして買ってきたものだった。
 ロイエンタールもミッターマイヤーもこれ以上何も言えず、抱き合っていた身体を少し離し、軽いキスから熱烈なキスまで、何度も何度も与えあった。言葉にしなくても、これでわかる、とお互いに話しているようだった。
 ロイエンタールの右手が、背中からTシャツを抜き取ろうとしたその時、部屋続きの隣りから、泣き声が聞こえてきたのである。
 お互いキスしたまま目を見開いて泣き声を聞いていたが、ついに吹き出し、ミッターマイヤーがフェリックスのそばに行き、ロイエンタールはため息をついた。
”ひょっとして、あいつ…、ウォルフが好きで、わざと邪魔してるんじゃ…?!”

今年のクリスマス、神様からロイエンタール家に新しい同居人が与えられた。

 


M2…急性骨髄生白血病にもいろいろあるんですねぇ…。M0〜M7…までだったかな?

1999.7.29 キリコ
2000.12.21改稿アップ 

<<<BACK     銀英TOP     ドクタートップ    NEXT>>>