ドクタークリスマスプレゼント
<おまけ>
年末前の慌ただしい中、珍しく日勤だけで終わった二人は、病院内の託児所に預けていたフェリックスを迎えに行き、3人で帰路についた。2人が同時に仕事が終わるのは滅多にないことだった。フェリックスは今のところ託児所に預けるだけでなんとかやっている。年末なので、人も頼めなかったのだ。隣人のハサウェイ夫妻はいつでもどうぞ、と言ってくれていた。ロイエンタールは隣人を知らなかったのだが、ミッターマイヤーの方はいつの間にやらお知り合いになっていたらしい。
出かけたデパートは、年末の準備の人で混み合っていたが、家具売場は時期はずれなのかガランとしていた。ベビーベッドは思っていたよりも種類も多く、機能重視のロイエンタールは、フェリックスが落ちないベッドならどんなのでも良い、と思っていた(落ちるようなベビーベッドはあるはずがない…) 一方、ミッターマイヤーは1つ1つじっくり見て回っていた。木目調のシンプルで落ち着いた感じのもの、やや冷たい印象を受けるパイプベッド、色の様々なものがあった。そんな中でミッターマイヤーの目を引いたのが、白く塗られた木製のやや古風なものだった。その4つの先には、馬の彫られており、それぞれ異なる色で着色されていた。
「これ! これがいい!!!」
ロイエンタールから見れば、少々時代遅れな気もしないでもないそのベッドからミッターマイヤーは離れず、正直に思うところを述べてみた。
「白いベッドとは…病院みたいだし、汚れる」
意外な反撃に、ミッターマイヤーは、
「そ、そんなことはない! それに汚れるのは、どれでも汚れるだろう?」
その汚れが白だと目立つ、とロイエンタールは言いたいのだが、その一目惚れ状態から抜けそうにないミッターマイヤーの様子に、ため息を付きながら「O.K」と言った。
嬉々として店員に注文に行ったミッターマイヤーの後ろ姿を見て、ロイエンタールは思った。
”まだクリスマスプレゼントをもらってないが…、本当にベッドに取って代わったのだろうか…?”目的だったベッドの注文とフェリックス用の衣類やおもちゃ(ロイエンタールは今あるので十分と思っていた)を大量に購入し、買う気のなかったロイエンタールが荷物持ちをさせられていた。
「あ…」
「え?」
「ロイエンタール、すまないが、先に帰っててくれないか?」
ロイエンタールはショックだった。夕刻、2人(本当は3人だが)そろって帰宅途中に、買い物をし、一緒にゆっくり歩きながら、今晩何食べようかなぁ、などという相談が出来るのも、滅多にないことだったからである。しかも自分は荷物持ちで、ミッターマイヤーはフェリックスだけ連れてどこかへ行くつもりらしい。等々、内心こんな不満があったが、大人げないと顔にも口調にも出さず「わかった」とだけ言い残し、スタスタと歩いていった。
ミッターマイヤーはフェリックスを連れて、とあるお店に入った。本当はフェリックスを真冬の空の下、長時間いさせたくなかったのだが、ロイエンタールが両手いっぱいに荷物を持っており(そんなにたくさん買って持たせたのはミッターマイヤーである)、フェリックスを連れて帰ってもらうことも出来なかったのである。ロイエンタールが先に帰っていたおかげで部屋は暖まっていた。フェリックスをカゴに入れ、ロイエンタールを探したが、幸いバスルームらしかった。大慌てで自分の部屋に駆け込んだ。バスローブを羽織っただけのロイエンタールが出てきて、「帰ったのか?」 と聞いても部屋から顔も出さずに「うん」とだけ聞こえてきた。
夕食はロイエンタールが作り、ミッターマイヤーは機嫌良くおいしそうに食べていた。夕食後アルコールでくつろぐ前にフェリックスとお風呂に入った。赤ん坊にとって沐浴というのは疲れるものであり、その後ミルクを飲ませるとぐっすり眠った。ミッターマイヤーはチャンスとばかりにまた部屋に駆け込んでいった。
ロイエンタールの目から見て、今日の恋人はちょっとおかしかった。ソファで先にくつろぎ始めたロイエンタールに、ミッターマイヤーは後ろから
「オスカー、遅くなったけど…。」
ロイエンタールがゆっくりと振り返る間にミッターマイヤーは隣りに座り込んできた。
細長い箱に薄いブルーのリボンラッピングされたもの、もう一つは大きな深紅のバラの花束であった。ミッターマイヤーの手からそのバラが手渡された時、ほんわりとバラのいい香りがした。箱の中身はネクタイだろう、と想像がついたが、バラが出てくるとは思わなかった。
「クリスマスプレゼント。遅くなったけど…」
「…ありがとう…」
それしか言えなかった。
バラはつぼみの状態のものも多く、何日か前のクリスマスに買ったとは思えなかった。と、いうことは今日ミッターマイヤーが1人(2人)で買いに行ったのは、これだったのか、とわかり、つまらない不満を抱いた自分を反省した。
そんな気持ちもあり、感謝の言葉だけでは足りなく思い、ミッターマイヤーを膝の上に座らせた。
チュッと音を立てて軽くキスをすると、名残惜しそうに唇がついてきた。ひとまず自分にもおあずけをし、プレゼントを開けることにした。
「開けていいか? ウォルフ」
「もちろん」
ミッターマイヤーは満面の笑みといった感じで、楽しそうに笑っていた。
開けて出てきたのは、ベースがネイビーでゴールド、シルバー、赤、の細い3本の筋が斜めに走っており、下の方にゴールドの獅子のワンポイント(目の部分は赤だった)のついた、落ち着いた雰囲気のネクタイだった。
「ね、つけてみて」
「…俺はTシャツだぞ?」
自分のTシャツを引っ張った。ミッターマイヤーもTシャツである。
「え〜、いいじゃないか。つけて見せてくれよ。似合うと思ったんだ」
「…では、お前がつけてくれ」
目の前にネクタイと首を差し出されたミッターマイヤーは、生首にネクタイを巻くおかしな感覚にドキドキしながらネクタイを巻いた。Tシャツは白いのでシャツのようでもあったが、なんとなく雰囲気がわかったようなわからなかったような…。
膝の上から落ちない程度に自分の身体を引いたミッターマイヤーは、きっぱりこう評価した。
「うん。似合う!」
「そうか。ありがとう。使わせてもらうよ。」
そう言って離れた身体を引き寄せた。
そのまま勢いでロイエンタールは首をソファの背もたれに乗せ、その顔をミッターマイヤーは両手で包んだ。ミッターマイヤーからゆっくりとキスを送る。ロイエンタールの顔が動かせないかわりに、自分が積極的に動かした。しばらくすると逆に顔を包まれて、金銀妖瞳が見つめてきた。
「顔が…元に戻ってよかった」
あまりにもしみじみ言われ、かえって笑ってしまった。確かに自分でもあんな顔は初めて見た。
「もう二度と…、ゴメンだからな」
イエスの返事のかわりに顔を挟み込んだままさっきより激しいキスを送り返した。
ミッターマイヤーも両手をソファの裏にしがみつかせ、夢中になって後ろに落ちないようにしていた。それくらい熱烈だったのである。
支えられた背中の腕にほとんど体重を預け、ロイエンタールのキスに酔っていくと、自分がどこにいるのか忘れてしまいそうになるミッターマイヤーは、しがみついていたソファから、手を離してしまった。だんだん力が入らなくなるからである。それでもミッターマイヤーは落ちなかった。力強い腕が守っていたからである。
ソファから離れた腕をロイエンタールの背中に回し、また一生懸命しがみついた。
しがみついているのもつらいくらいキスが唇から首筋に降りてきた。ちょうどロイエンタールの目の前に首を差し出しているからである。
「…ん…」
首をそらせたミッターマイヤーには、言葉を発することは難しかった。
ロイエンタールの右手は、背中を支えていることには変わりなかったが、いつの間にやらTシャツの下に回っていた。ゆっくり背中を回る手の動き1つ1つに言葉にならない言葉がもれた。
そのまま器用にミッターマイヤーのTシャツを抜いたロイエンタールは、同時にプレゼントとしてもらったネクタイをはずした。汗で汚したくなかったからである。
ソファの上で座ったまま…そのまま、心おきなく再開した。
「ウォルフ…なぜバラなんだ…?」
少し熱をおびた声でロイエンタールはミッターマイヤーの胸に話しかけた。
「あん…。だって…、お前は指輪をくれうん…た、ん…」
ロイエンタールが刺激を与える度に、ミッターマイヤーの話がとぎれ、だんだんわかりにくくなっていった。
「プロポーはぁ…ん…、花束…んを、持っっっんてああ、オスカー…」
だんだん降りていくロイエンタールの舌にも応え、質問にも一生懸命答えようとしていた。
「…だ、から、せめ、て花…」
「お前が俺にプロポーズしてくれるつもりだったのか…?」
手も唇と止めずにロイエンタールが聞くと、「うぅん…ん…」と、肯定なのか否定なのかわからない返事がかえってこなかった。それ以上会話はムリだと判断したロイエンタールが、さあ、と思ったその時…。
その時、ぐっすり眠っていたはずのフェリックスが泣き出した。
しかし今止められる状態ではなく、しばらく二人は続行しようとしたが、泣き声が耳についてはなれず、脱がされたTシャツを着たミッターマイヤーが結局フェリックスの元に走っていった。
ロイエンタールは、こんなとこでおあずけを食らうとは思っていなかったので、驚いた。赤ん坊なんて、泣くのが仕事なんだから、泣かせておけ。大人の時間を邪魔するな! だいたい、あんなムードになっていて、なぜ止められるんだ? などなどフェリックスに怒っているのか、ミッターマイヤーに怒っているのか。
とにかく、ロイエンタール夫婦(?)のうち、間違いなくミッターマイヤーの方が母性本能が強いようである。
「さすが、奥さん…」
などと、思いながら、これからの生活に思いを馳せ、楽しい大人の時間が減りそうな予感にロイエンタールは頭を悩ませ始めた。”フェリックス…お前、絶対にわざとやってるだろう…”
1999.8.1 キリコ
2000. 12. 21改稿アップ