ドクター

 パートナー <ロイエンタール編>

ロイ1人称です(汗)


 

 仕事をする上で、相性というものがある。
 医者とて人間だ。感情もあるのだから、当然好き嫌いが出てくる。
 対する患者も人間だが、一緒に働く同僚たちも人間なのだ。
 それは、同じ医者、ナース、ドクターアシスタント、医療事務、そしてER内ではないが良く関わりがある放射線科や検査技師。当たり前だがすべて人間なのだ。

 医療もサービスだ。
 技術を提供し、感謝され、お金をもらう。
 それがすべてではないが、結局はそうだ。
 そのサービスを提供し、納得してもらいためにも、俺達は日々努力を怠ってはならない。
 俺は自分に厳しいつもりだ。
 もともと器用だとは思うが、努力がなければ、伸びるものも伸びないだろう。

 しかし、俺一人が自分を磨いてもしかたがないのだ。
 一緒に働く医療スタッフすべての連携が大切だ。
 俺達はプロだろう? しっかりしてくれよ。

 努力しない奴には、何を言っても無駄なんだ。
 やる気がないなら、止めておけ、この手術室から出ていべきだ。俺達は人の命を預かっているんだ。中途半端で済まされることではない。

 
 そんな考えは、クールな仮面に閉じこめられ、バラしてないと思っていた。心の中だけでそう叫んでいるつもりだったが、しかし時々、恐らくはこの瞳にそういった感情が現れているらしい。
 そして、それを機微に感じ取る男がいる。
 ハンス・エドアルド・ベルゲングリューン。手術室のナースだ。
 彼は、手術室ナースの主任であり、多忙な婦長にかわり、ナースのまとめ役だ。
 ナースにもいろいろある。正看護婦、ベルゲングリューンもそうだが、看護系大学卒業や看護修士まで持っているナースも少なくない。また専門学校卒のナース、または資格のないナース・エイド達がいる。
 俺が学生、そして外科レジデンスとして、この手術室に入るようになって3年は経つ。その初年度からベルゲングリューンは、すでにプロのナースとして、いた。
 あまり言いたくはないのだが、俺にだって『初めて』ということは、どんなことに関してもある。学生時代に一通りやってきたこととはいえ、『医師』という免許を持ってからでは責任感が違う。俺は怖じ気づいたりしたことはなかった。それに見合う努力はしてきたからだ。
 しかし、頭で理解しているのと、身体をその指示通りに動かそうとするのは、当たり前かもしれないが違うのである。簡単なオペの手順を口で諳んじることが出来ても、細かい腕や指の動きは、筋肉が慣れていないのである。
 そして、これこそ誰にも言いたくはないが、俺にだって失敗はある。
 オペ中に失敗し、スタッフドクターに追い出され、外で唇を噛んで、やりたくはない反省をしているとき、さりげなくそばに来るのがベルゲングリューンだった。
 俺は、いい男だ。自分で認める。
 しかし、仕事中、よほどきつい顔をしているのか、病院内の女どもは、それほど積極的に寄ってこない。ありがたいことだ。しかし、寄ってこないどころか、腫れ物に触るように、ビクビク顔色をうかがいながら近寄られるのも、気分のいいことではない。同僚として、それなりに親しくするのは俺は別に拒否するつもりはない。
 とにかく最初っから、何のためらいも気負いも感じず、俺に話しかけたのがベルゲングリューンだった。
 俺の失敗を責めるでもなく、なぐさめるでもなく、ガンバレというのでもなく、遠回しでもなく直接的でもなく、俺に的確にアドバイスをくれる。奴と話していて、沈んでいた気持ちが浮上してくる俺に気がつく。
 不思議なものだ。

 そのベルゲングリューンとオペで組んだ時、俺は自分が動きやすいことに気づく。
 俺の考えを先々と読み、指示を出すよりも先に準備する、といった感じで動かれ、俺はとても楽なのだ。いや単に楽だ、というのではなく、奴が俺の仕事上のバッテリーなんだろう。
 見事で、これ以上ないほどの『パートナー』だ。
 最初のころは、ベルゲングリューンがプロだから、誰に対してもそうなのか、と思ったが、さりげない会話の中で俺と組むのが一番やりやすい、と匂わせていた。
 
 俺はそんなに単純だろうか?
 
 そう聞くと、
「ドクターほど、扱いにくいお人はいないのではないでしょうか。若いのに、技術レベルは高いですし、プライドも高くていらっしゃる。スタッフドクターやベテランナースは、やりにくいし、おもしろくないでしょう」
 
 なかなかはっきり言ってくれる。
 歯に衣を着せぬ物言いに、いつもの俺なら怒るなり、二度と口をきかないなりするだろう。しかし、なぜか奴だけは、黙って聞いてしまう俺がいる。

「ですが、おそらくは相性が良いのではないでしょうか」

 なるほど。
 俺はあっさり納得し、そして恐らくはもう一つの答えを素直に口に出していた。

「なるほど。どうやら俺はお前が好きらしい。尊敬もしてるんだろう」

 俺がそういったときのベルゲングリューンの顔は見物だった。
 Dr. ロイエンタールが好きだの尊敬だの、という言葉をはくとは思っていなかったんだろう。そして、俺自身がもっと驚いていたのだ。こんなセリフはウォルフにだけ言うつもりだったんだがな…。
 もっとも、そう言ったのはその一回きりだが、ベルゲングリューンと俺とのナイスパートナーは変わらない。俺は今日も手術スタッフのメンバーを確認せずにはいられない。

 同じオペでも、ベルゲングリューン希望。口にしないけどな。

 

 ベルゲングリューンにはプライベート上のパートナーがいる。
 当たり前だな。
 俺が見る限り、最も親しく、最も理解し合い、支え合っているパートナーなのではないかと思う。まぁ、どの程度親しいかなぞ、別に詮索する気もないし、とやかく言うつもりはない。
 フォルカー・アクセル・フォン・ビューローは、最近手術室からERに移ったナースだ。ベルゲングリューンとは、そろそろ20年来の親友らしい。
 もちろん、奴とも手術で同じだったことはあるが、特に合うとも合わないとも思わなかった。俺にとって、プラスになるわけでもなかったが、悪にもならなかった、ただのベテランナースだ。

 小児科ナースを希望していたビューローが、なぜ長い間手術室にいて、今ERにいるのか、詳しくは知らないが、今でも小児科に興味はあるらしい。技術的には、緊急性に優れていると思う。奴はいつでも冷静だ。ベルゲングリューンの方がやや感情的、というか人間味がある。いや、ビューローが冷たい人間だ、というのではなく、親しくなるまでに時間がかかるらしく、しかし一度親しくなると、この上なくいい奴らしい。

 ERに移ってきた頃、仕事に慣れるのはそれほど時間はかからなかった。もともと救急に関するところにいたのである。疑問はない。
 同僚ともうまく付き合うようになったらしい。もともとERのスタッフが、開放的で明るくしようという雰囲気があるからだろう。これは、仕事自体が楽しいことばかりではないから、ということによるのか。病院ってところは、どこも楽しいところではないと思うがな。

 このビューロー、どうやらウォルフと息が合うらしい。
 別に妬いている、とかではなく、あうんの呼吸の治療というのは、見ていて気持ちがいいし、安心してまかせていられる。俺とウォルフはどうだろう…。あまり一緒に治療にあたったことはないし、医師同士なので、どちらが補佐、という感じではないから、やはりよくわからない。

 そんな話を、休みの日にウォルフにしたことがあった。

「そうだな。確かにビューローと一緒に仕事をするようになって間もないけど、不思議と動きやすいと感じている俺に気づくよ。ビューローがベテランナースで、手術室で補佐に慣れてるからかと思ってたけど、そうでもないのかな」

 そういって楽しそうに、またはその息のあった処置についていくつか例を挙げてくれた。

「お前は? そういう風に感じるスタッフはいる?」

 逆に聞かれて、取りあえずベルゲングリューンのことを言うと、手術室についてはよくわからないから、ER内では、と改めて聞かれた。

「ER内ではいないのか?」
 
 俺は、ジュディかな、と答えた。
 他には思いつかなかった。俺は何気なく言っただけだ。
 しかし、なかなか巧くやれる仲だとは思う。プライベートな感情はすべて置いておくとして。

 それにしても、ジュディの名を出したときのウォルフの顔は、何度思い出しても楽しくなる。自惚れてもいいならば、あれはやきもちだ。
 俺が女性名を出したのが気に入らないのか、ウォルフが何か勘違いしているのか知らないが、俺はウォルフに妬かれるのは嬉しい。
 俺だって、本当はビューローとウォルフのコンビネーションは、見ていて素晴らしいとは思うが、なんとなくおもしろくないのだ。

 バカだな、俺も。仕事の上でのパートナーだろう?
 いや、しかし…ウォルフのパートナーは俺だけでいい。

 プライベートも…出来れば仕事でも…。

 俺は欲張りだろうか…。 

 


1999. 10. 5 キリコ
2001.6.19 改稿アップ

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