ドクター
パートナー <ミッターマイヤー編>
ミッチ一人称です〜(^^)
俺達の仕事というのは、人の命を預かるとともに、その人の人生を賭けられるようなものだ。
そして、それはその人だけでなく、その人の周囲の人々にも、とても強い影響を及ぼす。
俺は小児科医だから、主に子どもを診ている。親にとって子どもとは、ほとんどの場合、目に入れても痛くない、かけがえのない大切なものなのだ。その大切な存在が病院に来ると、たいていの親は理性を失う。普段は教養もある優しい両親が、鬼のように怒りを見せる瞬間だ。そして、目に見えない邪気に怒るよりも、目の前にいるドクターやナース達に、その怒りが向かってくることが多い。例えば、年老いた両親が亡くなる、となると、悲しいのは同じだが、どこか納得させることが出来る。
「立派に生きた」「〜を残した」など。
しかし、子どもはどうだろう?
何をした?
まだすべてはこれからで、いろんな可能性を秘めた子ども達が、俺達より先に神に召されるとき、俺はやはり怒る。神に対して、その理不尽さを怒ってしまう。
時々、子どもの死が親の責任のこともある。
子どもをつくっておいて、あとは知らん顔という親もいるから、俺は不思議でならない。
そんなとき、俺は両親、または親を罵ってしまう。
俺にそんな権利があるのか、と言われれば、正直なところ、ないかもしれない。
「俺達家族の問題だ。放っておいてくれ」
と言われるのがオチだ。
しかし、俺はドクターとしてだが、その小さな守られるべき子どもに、関わってしまったのだ。見てしまった以上、放っておくことなぞ出来ない。
オスカーとよくこのことでもめる。彼は「俺達はドクターだから」、関わるのには限界があるし、医療現場を離れたら、もう関係ない、と言う。それだけでいいのだろうか…?
だがしかし、実際には俺は無力な存在だ。
口で言うのは容易いが、貧しい人々、教育も、医療保護を受けられない人々がいるのだ。
自立しているとはいえ、留学し、大学を卒業し、医師免許を取り、今は住まいにも困っていない。
そんな俺がえらそうに罵る権利はやはりないのかもしれない…。
こんな話を同僚にすると、たいてい最後には、「Dr. ミッターマイヤーは真面目すぎる」というような意味合いで終わる。真面目というよりは、思い入れが強すぎるらしい。
確かに医療には限界があって、そういう意味で、出来る限りの治療をすれば、あとは俺達の分野じゃない、と放り投げてもかまわないのかもしれない。
しかし、俺にはそういう切り替えが出来ないのだ。しょっちゅう交わされるこの話題について、どれほど話し合っても結論は出ない。誰にも正しい答えというものは導き出せない分野なのだ。わかっていても、議論し合わなければならない話題なのだ。
俺はこの時、どちらかというと孤立する。
しかし、たった一人の意見でも、皆で流されてしまうよりは、主張し続けなければならないことである、と思っている。たとえ半分は偽善と口だけのことであったとしても…。
ある時、「私もそう思います」
そういう意見が出てきた。
俺の主張が認められてきたのではない。どうやら元々そう思っている奴らしい。
最近オペ室からERに転属してきたナース、フォルカー・アクセル・フォン・ビューローが、後ろの方から静かに、
「私もDr. ミッターマイヤーの意見に賛成です」
そう言った。俺は味方というか、同じ考え方をしているらしいビューローの出現に、喜んでいるような、戸惑っているような…。しかし、とても心強いと思ったのは事実だ。
そういえば、ビューローの歓迎パーティーの時、小児科のナースになりたかったと言っていたな。
話し込むきっかけとして、俺はビューローをその話題で釣った。
いや、釣ったという言い方は失礼だな…。
なぜ小児科のナースになりたかったのだろう…。そんな話になった。「そうですね。子どもの一人が小児喘息でして…。
いや子どもが出来たときには、もうナースとして働いていましたから、これは後から思いついた理由になりますかね。なんというか…子どもが好きなんですよ。私は」俺も子どもは好きだ。
…だが俺には子どもはいない。いや、俺の血を分けた子どもはいない、か。
別にこだわっているつもりはなかったが、オスカーといい、ビューローといい、子どもに恵まれた同じ男を、心のどこかで羨ましいと思う自分がいた。ではなぜ小児科のナースにならなかったんだ…?
「…ならなかった、というよりは、なれなかった…という方が正しいでしょう。ナースの世界では…まだまだ男性は受け入れが少なくって、あ、いや昔よりはずいぶん人数も増えましたし、配属される場所も増えてきましたが…。それでも…、まだまだ男はオペ室やER、精神科などに配属されることが多いんですよ」
ビューローはおそらくこんな質問を何度も受けているのだろう。
小さく鼻で笑いながら、それでも軽く聞こえるような言い方、シニカルな言い方をしているように思えた。「ドクターなら…、優秀でさえあれば、どこへでも行けるでしょう。しかし、我々ナースは…ドクターの補佐であり、患者とも最も関わる立場にもある。 成績とはあまり関係ない職業で、まだまだ性によって分けられる…そんな世界なんです」
ドクターとナースは永遠に分かり合えないのだろうか。
そんなはずはない。一緒に働いていて、ともに同じ命を預かる身ではないか…?
ドクターにしか出来ないこと、ナースにしか出来ないこと。男だから出来ること、女だから出来ること…、それぞれあるはずであって、どちらがどうというのではなく、それは協調し合うべきものだと思う。特に医療の現場では…。「Dr. ミッターマイヤーは…とても真面目なんですね」
ビューローは、正直にそう言った。そこに裏はないようで、バカにした笑いじゃなく、笑っていた。
その後からだったろうか。
ER内で急患が運ばれてきたとき、自然とビューローが俺のそばにいて、俺の行動を読みとって、俺の指示よりも速く的確に動くようになったのは…。
俺が熱くなればなだめ、俺が逃げたいと思うようなとき、きつく背中を押し、 ただフォローするのではなく、促進剤になったり、抑制剤になったり…。知り合ってまだ3ヶ月にもならないのに、行動も話も合っている…と思う。
こういうの、波長が合うっていうのかな?
こういう思いは、深く愛し合っているオスカーとでさえ、感じたことはなかった。
元々同じドクターだが、専門が違い過ぎるし、どちらが補佐というよりは、ともに治療をする、という感じなので、オスカーとはよくわならない。
とにかく、ビューローとはそうなのだ。仕事もやりやすいし、ひけた後の会話も弾む。
おしゃべりな奴ではないが、俺が話している間、その紫の瞳で見下ろし、多すぎず少なすぎずの相づちで聞いてくれる。また俺が黙っていても、ビューローは話すこともあれば、黙っていることもあるが、俺はそれを不快に感じたことは一度もなかった。
親友…というのでもないのだろうが、とにかく不思議な友人が出来た気分なのだ。
ある晩、こんな話題をオスカーが始めた。
俺が感じているような波長を、オスカーはベルゲングリューンというオペ室ナースに感じているらしい。
それを聞いたとき、俺は心のどこかでムッときた自分に気が付いた。…やきもちか…
ベルゲングリューンの話をするときのオスカーの顔が、俺の前であまり出される種類のものではなかったからだ。まだ俺にも知らないオスカーの表情があるのだ、と驚くとともに、猛烈に気になった。
オスカーにこんな顔と口調を出させるベルゲングリューンとは…
しかし、本当のところ、知らないベルゲングリューンに妬いたって仕方ない。
今度は知りたい、って思ってくるもんだ。
しかし逆に考えると、オスカーとベルゲングリューンのことを聞くよりも前に、俺は俺とビューローのことをさんざん話したのである。それは自分でも全部話してるんじゃないかと思うほど、具体的に…例を挙げて…。
オスカーは妬いてくれないのか…?いや、表情は変わらなかったけど、きっと妬いてくれてると思う。
オスカーは俺に負けず劣らずやきもちをやくタイプだからさ…。
待てよ…オスカーはER内ではジュディがパートナーだって?
そりゃぁ、俺だって彼女が優秀なのは認めるよ。俺だってジュディ相手なら、動きやすいし、安心していられる。
しかし…しかし、オスカー…
ジュディは…お前のことを……なんじゃないかなぁってのは、これもやきもちだろうか。
いや、彼女のあの顔というか、オスカーを見る目はただの同僚ではない! と俺は思う…う〜…結局はやきもち…?
ま、いいさ。別にオスカーとベルゲングリューンがパートナーだって。
ジュディもオスカーのパートナーと言っても、仕事上だけに違いないし…
彼女の方がどう考えているのかはわからないけどさ。たぶん彼女は俺達のこと…勘づいているんじゃ…と思うからさ。なら、暗黙の牽制ってことで…・・。
俺にだってビューローがいるもんね〜。といって、ビューローがどう感じているのかは、わからないけど…。
でも…でもだ!! とにかく、プライベートのパートナーは俺だけじゃないと怒るからな! オスカー。
1999.10.13 キリコ
2001.6.19 改稿アップ