ドクター
To love & be loved
えーっと、「ミッチ×ロイ」 なんです…受け付けない方はお止しになった方が…(汗)
愛する。
愛される。
男性と女性が恋愛した場合、何の問題もなく、それ以上どうしようもなく、男性が攻めであり、女性は受けの立場になる。精神的には別になるカップルもいるかもしれないが、身体の構造上、これはどうしようもないことだろう。
では、男性と男性の場合はどうなるのか。”俺は、オスカーに愛されるだけか…?”
受けのすべてが、ただ愛されるだけではないだろうが、SEXする、というよりも、『愛する』という意味で、ロイエンタールはミッターマイヤーを抱いた。またミッターマイヤーも、スポーツでもなく処理でもなく、ロイエンタールに『愛されている』と思っている。
”でも…俺だって男だ。男を抱いたことはないけど、愛する者を抱くのに、男も女もないだろう”
ミッターマイヤーは、そう考えている。
そんな話も、ピロートークでしたことがあった。ロイエンタールはその場の冗談として取っていただけらしかったが。
ミッターマイヤーの誕生日まであと1週間という静かな夜、ロイエンタールはキッチンで後かたづけをしていたミッターマイヤーに何気なく話しかけた。ミッターマイヤーがちょうどその時、そんなことを考えていた時であった。
「誕生日には何がほしい? ウォルフ」
ロイエンタールは外科学雑誌を膝の上で広げながら、本当に何気なく聞いただけであって、きっと「自分で考えろ」とか「何でもいい」という返事が返ってくるだろうと予想していた。
しかし、エプロンを付けたままのミッターマイヤーは勢い良くソファまで飛んできて、上からのぞき込んだ。
「何でもいい?」
その、ただ事ではないような様子に、ロイエンタールは何か自分はおかしなことを言っただろうか、一瞬悩んだ。
「なぁ。何でも、俺がほしいって言ったもの、くれる?」
「…あ、ああ。俺に用意出来るものなら…」
物欲に富んでいるとも思えなかったミッターマイヤーの反応は、ロイエンタールの予想をはるかに越え、その嬉々とした様子に戸惑い、何をそんなに望んでいるのか気になった。
「…で、何がほしいんだ?」
そう聞くと、一瞬躊躇ったように見えた。その後ミッターマイヤーは恋人の頬に音がするくらいキスをしながらはっきりと言った。
「オスカー・フォン・ロイエンタールがほしい」
「へ?」という顔をしながらロイエンタールはミッターマイヤーの顔をマジマジと見つめた。言っている意味がわからなかったのである。
「…俺は…もう、お前のもののつもりだったんだが…」
ロイエンタールは何を今更と思いながら、やや眉をひそめた。
「えっと…、だから…」
そう言いながら頬を染めていく様子に、ロイエンタールは恋人の言わんとするところを理解した。理解したと同時に愕然とした。
珍しく金銀妖瞳を大きく見開いたロイエンタールは、しばし返答に困った。
”自分は確かに何でもいいと言った。俺に用意できるものは何でも、と…。しかし、しかし…”
本当に滅多に見られないほど動揺しているらしい様子に、ミッターマイヤーはちょっとだけ罪悪感と悪戯心を持ちながら、肯定の返事を待った。
ロイエンタールが顔を上げると、そこには真剣な顔とグレーの澄んだ瞳があり、冗談でもなく、茶化しているのでもないことがよくわかった。
”以前、話していたことは…、本気だったのか…”
大きなため息の後、ロイエンタールは首を縦に振った。
「それって、…イエス?」
「…ああ」
「オスカー! 愛してる! 大丈夫。痛くしないから!!」
再び頬に熱烈なキスを贈ってから、キッチンへ軽い足取りで戻っていった恋人の後ろ姿を呆然と見つめながら、痛くしないから、などとリアルなこと言われ、想像し、ロイエンタールは再び大きなため息をついた。
”ウォルフの誕生日はめでたいが…出来れば永遠に来週にならないでほしい…”
しかし、何の天変地異も起こらず、こういうときは残業も入らなかったミッターマイヤーの誕生日前夜。やや重い足取りで部屋へ帰ってきたロイエンタールは、それでもお祝いのごちそうを作るため、しばらくキッチンにこもった。連れて帰ったフェリックスは、自分専用の車に乗り、そこら中を走り回っていた。時々ロイエンタールは料理の手を止め、
「フェリックス…今晩邪魔しないか…」
などと、初めて祈ったりしていた。
主役のミッターマイヤーは残業になり、帰りはかなり遅かった。その疲れた様子に、ロイエンタールはひそかに安心したりしていた。
”疲れてる…よな。と、いうことは…”
「ウォルフ。ムリしない方がいいんじゃないか?」
出来るだけさりげなく声をかけたが、ミッターマイヤーの方は「元気だ」と言い張った。
ごちそうも、お祝いのケーキも、ロイエンタールは半分上の空で食べ、自分がかなり緊張していることがわかっていた。しかし、今更いやだとも言えず、いい加減腹をくくろうと、念入りにシャワーを浴びた。
先にベッドで待っていると、後からシャワーを浴びたミッターマイヤーがタオルで髪の毛を拭きながら入ってきた。薄暗い部屋で、お互い顔を合わせず、ベッドに並んで座った。
「ふ、ふつつか者ですが、どうぞよろしくお願いします」
突然ミッターマイヤーがロイエンタールの方に向きながら、小さな声で言った。
その顔は真剣だったが、その言葉がおかしくてロイエンタールは吹き出してしまった。
「おい、ウォルフ。それは花嫁の方が言うんじゃないのか?」
「そ、かな? いいんだよ、別に。俺がそう言っておきたかったんだから。
お前は? 俺に何か言っておきたいことはないのか?」
ロイエンタールはちょっと考えるという顔をしてから、ミッターマイヤーと同じことを言った。
2人の間に会話はうまく続かず、沈黙が訪れがちであり、またどちらもなかなか行動にも移せないようだった。
「オスカー、緊張してる?」
「…いや」
思いっきり嘘だった。緊張し、ガチガチに固まっているのだ。
「俺は緊張してるんだ」
じゃぁ止めよう、と言いたいロイエンタールはその一言をぐっと堪え、ミッターマイヤーの話を取りあえず聞いていた。
ミッターマイヤーはゆっくりとロイエンタールにまたがった。足を伸ばして座っていたロイエンタールと向かい合いながら話し続けた。
「オスカー、俺、別に抱かれるのがいやだって言うんじゃないんだ。だけど、…俺も男なんだ」
真正面から真剣な顔で言われ、ロイエンタールは茶化すタイミングを逃した。
男なら、好きな人を抱きたい、抱きしめたい、と思うのは当然だろう、それはロイエンタールにも良くわかった。
「…痛い…かな」
ロイエンタールの小さな声は、尋ねるというよりは一人で心の準備をしてくれているようで、ミッターマイヤーはそれだけで嬉しかった。
「俺は…あんまり痛くなかったけど、俺はお前ほどいろいろ慣れてないから、痛くしちゃうかも」
「いろいろ? 俺は男はお前しか知らないぞ?」
「バカ」
小さく笑いながらミッターマイヤーは両手でロイエンタールの頬を包み、優しく口づけた。
ロイエンタールは生まれて初めてのし掛かられていた。
ミッターマイヤーが上に来ることはあったが、そうではなく自分が抱かれる、ということが初めてだったのだ。これまで誰にも触れさせたことのないところにミッターマイヤーが来る、そう思うと、嬉しい反面、やはりかなり怖かったのだ。
”ウォルフは、よく何も言わずに俺を受け入れてくれたな…”
と自分の行動を反省した。
あの時ミッターマイヤーには何の心の準備も出来ていなかったはずである。自分はすでに恋人として約1年を過ごしてきてからであり、それがどういう行為であるか、いやと言うほどよくわかっていた。いやよくわかっているからこそ、かえって怖いのかもしれなかったが。
しかし、温かいその身体全体で優しく包むように抱かれ、ロイエンタールはその腕の中を心地よく思った。
ロイエンタールがそんなことを考えている間、ミッターマイヤーの両手は、ロイエンタールの身体全体に触れていないところがないくらい丁寧に動き、その触れるか触れないかくらいの手がロイエンタールにはもどかしかった。頭のてっぺんからつま先まで撫で上げられ、顔のそばまで来ると、その名を愛おしそうに呼び続けた。
触れられている間中、ロイエンタールは目を開けることが出来なかった。
もどかしい動きは唇に取って代わった。しかし、唇の動きもキスではなく、同じ皮膚が触れ合わさっているだけのように、ただ撫でさするだけで、決定的な刺激を与えてはくれなかった。
そのくすぐったさやもどかしさに、ロイエンタールは身をよじり、身体で訴えようとした。しかし、ミッターマイヤーはロイエンタールの動きを押さえるように手のひらを合わせ、耳元でただ「オスカー、愛してる」と囁いた。
その唇が今度こそ吸い上げるようにその肌に触れたとき、ロイエンタールはまるでその一点に電撃が走ったか、と思った。それくらい刺激を強く感じたのであり、思わず声を抑えることが出来なかった。
「はっ!」
自分で自分の声に驚き、慌てて口を押さえ、そしてなぜそこまで敏感に感じたのか考えようとした。
「オスカー、ここにはお前と俺しかいない」
そう言いながら、口元を押さえていた両手をゆっくりと外し、その唇に軽くキスをした。
軽く撫でさすられていた肌は、うっすらと熱を持ち、敏感になっていたのだ。全身そんな状態であり、どこを触れられても、ロイエンタールは小さな嬌声を押さえることが出来なかった。
これまでロイエンタールが経験してきたSEXで、自分が主導権がないものはなかった。しかし今、自分が完全に受けに回り、翻弄されていることを頭の端で正確に理解した。
”こんなに恥ずかしいことだったのか…”
いつも自分は「声を抑えるな」とか「感じるのか?」などと言ってきた。
しかし、そんなことを言われなくても、自分で自分のコントロールが出来ない、ということが、これほど照れるものだとは考えもしなかった。ロイエンタールにはこれこそ恐怖だった。
下半身を攻めているミッターマイヤーは何も言わなかった。自分の中心が興奮状態にあることも、自分自身が敏感になっていることも、あらぬ声をあげていることも知っているだろうに何も言わない、そのことがかえってロイエンタールを不安にさせた。
”最も…卑わいな言葉で侮られるのも好みではないが…”
そう思っているうちに、ミッターマイヤーがロイエンタールの胸の辺りまで登ってきた。その時に間違いなくロイエンタールはミッターマイヤーが無言ではなかったことに気がついた。
「オスカー」か、「愛してる」
キスの度にそのどちらかを呟いていた。そう言いながらミッターマイヤーの温かい手は必ずロイエンタールのどこかに触れており、全身でロイエンタールを愛そうとしているようだった。”…俺は…愛されている!”
そう認識したとき、ロイエンタールは自分の目頭が熱くなるのを感じた。
ずっと友人、恋人としてそばにいたミッターマイヤーではあったが、どこか不安もあったのだ。
エヴァンゼリンのこともある。フェリックスやエルフリーデのこともある。
近い将来、ミッターマイヤーは自分のそばから離れてしまうに違いない、と思っていた。”離したくない!”
心の底からそう思った。
自分を愛してくれる人間が、このウォルフ以外にいるはずがない、ウォルフの変わりなぞいらない、と何としてでも手放したくないという欲求が出てきた。
一度は離れることを覚悟したつもりだった。
しかし、覚悟なぞ、全く出来ていないことに自分で気が付いた。
突然ロイエンタールが両手で顔を覆ってしまい、ミッターマイヤーは少し驚いた。
その表情は見えなかったが、顎が震えているのを見て取り、まさか、と思いながら、ミッターマイヤーはゆっくりとその両手をはずした。
見下ろした整った顔の両目は閉じられたままであったが、瞼が震える様子にますます確信した。その瞼がこのキスで開きますようにと祈りながら、優しくキスをした。
「オスカー? いやなら…止めておく。無理しないでくれ」
低い優しい声で、恋人が傷つかないように話しかけた。
少し前のロイエンタールなら、遠慮なく止めるように言ったかもしれなかった。
しかし、今のロイエンタールは別の考え方をするようになっていた。
「ウォルフ。早く来てくれ。俺を…愛してくれるか…」
その、せっぱ詰まった一大決心のような声音にミッターマイヤーは驚いたが、小さく微笑んで再びキスを落とした。
「俺はずっとお前を愛してる。オスカー」
キスの嵐を落としながら、ミッターマイヤーはロイエンタールと一つになった。
これまでとは違った存在をお互いの身体の中で感じ合ったとき、ロイエンタールの瞳から涙が溢れていた。
「オスカー、ゴメン。つらい?」
じっと動かずにいたミッターマイヤーは、真下に見えている恋人が眉を寄せ、涙が止まらない様子にオロオロしてきた。
ロイエンタールはその金銀妖瞳をようやくゆっくりと見せながら、小さな笑顔を作った。
「…いいや」
そう言ってのし掛かる恋人にキスをしようと、その首をゆっくりと引いた。それと同時にロイエンタールの身体の中のミッターマイヤーも少し位置が変わる。その感じにロイエンタールはクスリと笑った。
「ウォルフ。変な感じだな。…俺の中にお前がいる…」
ふうっとゆっくり息を吐きながらそう言い、目を閉じ、また涙が伝うのを見て、ミッターマイヤーはその涙を唇ですくった。
「オスカー、俺はずっとお前のそばにいる。お前の中にも、お前の心も占領するからな。いいな?」
ロイエンタールは止まらない涙を流し続けながら、唇の端だけで笑いながら「了解」と言った。
そして静かな動きが始まった。
お互いが達した後も、二人は一つになったまま眠りについた。
1999. 11. 10 キリコ
2001.7.28 改稿アップ