オスカーとフェリックス
=父と息子=
「ねぇ、オスカー」
「なんだ?」
「俺って反逆の臣の子なの?」
ロイエンタールは口に入れたばかりの鴨の肉を吹き出した。
このロイエンタール家は、その豪奢さはかつてのお屋敷と似ていたが、代が替わり、使用人もおらず、静かであった。また当主は帝国軍人で収入はかなりのものであったが、子育てに人の手を借りたくないと考えたため、今では父子二人きりの生活だった。まだ3歳のフェリックスとの生活では、当然父親であるロイエンタールが家事全般をこなしている。
かつてのロイエンタールを知っている輩からすれば、このロイエンタールの豹変は驚愕以外の何者でもなかった。貴族的な雰囲気をまとった容姿や身のこなしは今でも変わらないが、そんな彼がエプロンをつけて家事をする姿が、上司であるカイザー・ラインハルトや同僚たちには想像もつかなかった。ちなみにおさんどん姿を見知っているのは、彼の親友ウォルフガング・ミッターマイヤーだけだった。「…お前が料理するの、初めて見るよ俺…」
「俺だって初めて見る」
「もしかして、初めてなのか?」
「ああ」
多くの人に傅かれてきた彼は、もちろんキッチンになど立ったことはなかった。しかし、生来の器用さのおかげか、比較的順調にその技術を習得していった。手始めは、ほとんど終わりかけた離乳食であった。ロイエンタールが、自分の血を分けた息子フェリックスの存在を知ったのは、まだ彼が母親のお腹の中にいるときだった。この事実は、父親であるロイエンタールが知るよりも前に、幾人かの同僚と彼を排除したいと思う人々が知っていた。その上、これにより一度目の嫌疑をカイザーから受けたのだ。このときは、まだ見ぬ我が子を疎ましく思いこそすれ、会いたいとも思わなかった。それは、自分が家庭を持つのに相応しくないと思っていたこと、それと同時に「父親」という存在になれない、もしくはわからない、と思っていたからだった。ロイエンタールにとって「父親」とは、息子という存在を否定する者であり、子どもに対する愛情のかけ方もわからないからだ。それだけでなく、「子ども」という存在に、どうすれば愛情を持つことが出来るのか、ロイエンタールはその寂しい生い立ちのせいで、どうしても理解出来なかったのだ。
ところが、だ。「フェリックス。今日は一緒に寝よう」
結局フェリックスからの問いかけには答えずに済ませた。
「え〜 なんでぇ?」
今では息子に嫌がられようと文句を言われようと、自分の血を分けたこの肉親を溺愛していた。フェリックスは、と言えば、その容姿も口調も父親によく似ており、この年齢にして皮肉屋なところもあったが、それでも自分を大事にしてくれていることを感じており、しぶしぶという体を保ちつつ、実は父親に甘えていた。そんな、お互いがお互いに甘えるような仕草は、この屋敷の中だけのことだった。申し合わせたわけでもないのに、この父子は外ではクールをきどる。なので、ロイエンタールの溺愛振りも、フェリックスの懐き振りも、噂だけのものであり、周囲はいつ家庭が崩壊するか、ヒヤヒヤと見守っている状態だった。
ロイエンタールはフェリックスの小さな頭を腕に感じながら、初めてフェリックスと対面したときのことを思い出す。母親の腕に抱かれたまだ小さなフェリックスが最初に見た父の姿は、ひどい怪我を負った状態で、まさに死に行こうとしていた。もちろんフェリックスはそのときのことを覚えていないだろうが、ロイエンタールは一生忘れないと思っている。
2000.7.11 キリコ