オスカーとフェリックス
=昼間のパパはちょっと違う2=
今日は、カイザーの御前会議の日だった。とはいっても、定例会のようなものであり、内容は重要機密というものではないため、こちらへの参観も可能だった。
会議が始まるはるか前に、フェリックスをはじめ、大勢の子どもたちが会議室に入ってきていた。もちろん子ども用の椅子などなく、それぞれの体のサイズに合わない大きな椅子、しかもフェリックスなどは元帥席に陣取っていた。テーブルの上に身を乗り出そうと思うと、椅子の上に立ち上がらなければならなかった。大きな部屋の、高い天井に、たくさん並べられた椅子に、フェリックスは落ち着かな気にキョロキョロしていた。しかし、隣にいるロイエンタールは腕も足も組み、静かに目を瞑っており、はしゃいでいたフェリックスも、父親を見習って同じようにした。やがて、参加すべき将帥たちが揃うと、最後にカイザーが入室した。カイザーを見た子ども達の反応は、すべて同じだった。豪奢な金髪が歩くたびに波打ち、まっすぐ正面を見つめるアイスブルーは澄んでいるが厳しく感じられ、そしてその美しいとしか表現出来ない顔から、全員目が離せなくなってしまっていた。フェリックスも椅子に立ち上がり、目を見開いてカイザーを見つめていた。フェリックスがカイザーを間近で見たのは、1歳を過ぎた頃なのだ。覚えていなくて当然であった。カイザーラインハルトは、大勢の視線を感じながら、しかし普段と変わりなかった。必要な者が揃っていて、そうでない者がいたとしても、単なる外野としか思われなかったため、このような参観も可能となったといえる。
会議が始まると、まるで宇宙語のような理解不能な単語が飛び交い、子どもたちは呆然としはじめた。
フェリックスは、ずっと黙ったまま宇宙語を聞いている、隣のファーター達を不思議に思っていた。なぜ父達は何も言わないのだろう? 宇宙語を話せないのだろうか。いや、とてもすごい軍人だということを知っているフェリックスは、なぜか一言も発しない父達の顔を、交互に見つめ上げていた。その表情は、今朝見た、見知らぬファーターの顔であり、フェリックスはまた怖い顔になってる、と心の中で思っていた。
一方、ミッターマイヤーもロイエンタールも、すでに帝国軍人の顔になっており、フェリックスの様子に気付いてはいたが、元帥として責務を全うすることに忙しく、父としてフェリックスに話しかけることは出来なかった。
討論らしきものが始まってだいぶ経ってから、カイザーはミッターマイヤーに意見を求めた。隣に座っていたフェリックスは、立ち上がるファーターを見上げ、その言葉を聞いていた。他のおじさんと同じように、宇宙語を話していたし、やはり知らないファーターの顔だったが、それでもフェリックスは格好いいと思った。その後、同じように意見を求められたロイエンタールについても、同じような感想を持ったが、フェリックスは二人の父親を、突然誇りに思い始めた。
たくさんの軍服の中で、マントの人はそんなにいないのに、自分の父達はマントを着ている。カイザーから直接話しかけられた人物はそんなにいないのに、父達は二人ともそうだった。詳しい理由はわからないが、自分の父達が、この中ではかなり重要な人物であることを、フェリックスは目の当たりにしたのだ。笑っている人はいないので、フェリックスも俯いてクスクス笑っていた。嬉しくて、自然と笑顔になった。その小さな背中をロイエンタールがポンと叩いても、フェリックスは顔を上げなかった。軍事会議としては短めであったが、子ども達がじっと座っているには長すぎたのだろう、ほとんどの子ども達は正体をなくしていた。それぞれの親たちは、カイザーに失礼だと起こそうとしたが、カイザーは笑って手を振っただけだった。無理に決まっている、とカイザーも知っているのだ。
もちろんフェリックスもたぶんに漏れず、立ったまま、テーブルに突っ伏していた。その様子に、吹き出したいのをミッターマイヤーは必死で堪えていた。一生懸命起きていようとした努力の結果なのだ。ロイエンタールも、心の中だけで笑っていた。
ロイエンタールは珍しく真っ先に退室した。
そのときの、フェリックスをすっと抱き上げた仕草に、カイザーをはじめ、多くの将帥達が一瞬だが見惚れてしまった。他の父親達が「よっこいしょ」と抱き上げていた中、ロイエンタールはまるで重みも感じていないかのように、さりげなくフェリックスを抱き上げたのだ。父となっても、貴族的な優雅さは変わりなく、また育児生活に疲れた様子も見せないロイエンタールを、一同不思議に思っていた。それは、親友であり、自身も父親であるミッターマイヤーですら、感動するようなワンシーンだった。
この参観日以降、ロイエンタール父子の心配をする者はほとんどいなくなった。
ロイエンタール自身の表情や行動に、全く変化は見られなかったが、フェリックスが懐いているのも、ロイエンタールがフェリックスを大事にしているのも、大勢の人がその目で見たのだ。ロイエンタール父子の会話を聞いたものは一人もいなかったが、向かい合って話す様子は、芸術提督メックリンガーが「生ける芸術」だと感じるくらい、美しい親子の姿だった。
2000.7.19 キリコ