オスカーとフェリックス
    =夏の休日=


 

「暑いよぉ」
「…そう口にするから暑いんだ」
「しゃべんなくても暑い」

 ロイエンタールは、読んでいた本から目を離し、ため息をついた。
 珍しくフェザーンが暑いのだ。夏だから当然なのだが、この数日やけに暑い。もちろんロイエンタール家にも空調設備はあるのだが、何の偶然かいたずらか、調子が悪いのだ。その上、修理屋が夏休みを取ってしまい、あと2,3日はこのままの予定であった。

「ファーターの家に行こうよ、オスカー?」
「…昨日行ったばかりじゃないか」

 子どもの体温は大人よりも暑い。そのせいか、ロイエンタールよりずっとつらいのだろう。そして、ミッターマイヤー家に行って、ムッターのおいしい料理を食べ、妹とも思っている小さなアンナと遊び(といってもまだ1歳児だ)、何より涼みたいと思っているらしかった。そんなフェリックスのささやかな望みを叶えてやりたいとも思うのだが、毎日のようにお邪魔するのも気が引けていた。せっかくの軍全体の夏休み、ミッターマイヤー一家もゆっくりと過ごしたいだろうと、遠慮しているのだった。

 そこで、半分諦めたフェリックスが提案したのが、プールだった。
「俺は、プールなぞ行かん」
 帝国軍人が人に肌を晒すなど、などと考えているのかどうか、はっきりと本人にもわからないが、とにかく子連れで遊んでいる姿なぞ、誰にも見られたくなかった。それくらい、ロイエンタールは有名人なのだ。
 そして、父親が自分と仲良しなのを人に知られたがらないのだということを理解しているフェリックスは、改めて提案した。
「…じゃぁ、お庭でプールにする」
「なんだそれは?」
「託児所で入るんだよ。プール」
 フェリックスの拙い説明で、ロイエンタールはようやく頭の中で理解した。ビニールプールのことだ。
 ロイエンタールは、自身とフェリックスとが水着を着て一般のプールへ行くよりは、家用のプールを買いに行く方がましだ、と考えた。
 まるで疾風のファーターのごとく、行動の速いフェリックスは、渋る父親を引っ張り、ロイエンタールは有名なヘテロクロミアを隠し、買い物に出た。

 買い物客の誰かが、ロイエンタール親子に気付いたかどうか、彼らにもわからなかったが、取り敢えず目的の物を買い、さっさと家に戻った。
 広い庭の隅、ミッターマイヤー家に面した木陰に、ビニールプールを置いた。そこならば、道路からも見えないのだ。何がなんでも一緒に入りたがるフェリックスのため、ロイエンタールは苦心しているのだ。
 そんな小さなプールの中だったが、フェリックスには十分であり、溺れる心配もない。そして下半身を水中に浸けているだけのロイエンタールも、水音と、木陰と、自然の風を楽しんでいた。一人でおもちゃで遊ぶフェリックスを横目に、ロイエンタールは中断していた読書を再開した。たまにはこんなのもいいな、と思いながら。

 フェリックスは、楽しんでいた。父親はあまり相手にはなってくれないが、一緒にプールに浸かっているし、時々水をかけてくれたりする。冷たい水が気持ち良く、また父と昼間から遊べる機会は滅多になく、フェリックスは短い夏休みを堪能していた。そして、あまりにも大きな声で笑ったり、水音を立てていたために、隣人に気付かれてしまった。

「おい、ロイエンタール?」
 ロイエンタールは、驚いて振り返った。整えられた植木の間から、親友が顔をのぞかせたのだ。誰にも見られたくないと思っていた姿を見られたことに、ロイエンタールは持っていた本を落としそうなくらい、驚いた。一方、声をかけたミッターマイヤーの方も、実は驚いていたのだ。ロイエンタールの水着姿にも、小さなプールに入ってる姿にも・・・。
「ファーター! ファーターも入る?」
 フェリックスは嬉しそうに誘うが、長身のロイエンタールのために、それほどスペースは残ってはいなかった。それでもフェリックスは一緒に遊びたいと思ったのだ。ミッターマイヤーは、笑顔で「待っていろ」と駆けていった。




ロイ父子 水浴びの図(笑)





 子ども用のプールに、大の大人が二人入るだけで、プールの水は溢れてしまった。そんなこともたいして気にならないのか、水着に着替えたミッターマイヤーはフェリックスと水を掛け合っていた。ロイエンタールは、ただでさえ狭い中で、伸ばしていた長い足を折り畳み、小さくなってしぶとく読書を続けていた。
 そんな頑なな姿も、狭い範囲での水遊びの影響がないはずはなく、ロイエンタールもロイエンタールの本も、水浸しになってしまった。ため息を一つついたロイエンタールは、ついに水投げに参加し始めた。双璧と呼ばれる二人が、水で闘うのは初めてであり、二人はなんとなく照れていたが、一番喜んだのは、もちろんフェリックスだった。

 そんな、二人の父親と息子の姿を、エヴァンゼリンは遠目に見て笑っていた。腕の中で眠る娘に語りかけながら。

 

 



ミッターマイヤー閣下のお嬢様。勝手に命名・・・


2000.7.19 キリコ

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