オスカーとフェリックス
=俺のファーター=フェリックス一人称です(^^) 3歳らしくないですけど(笑)
ムッターがよく作ってくれたホットケーキを食べたいと言った。慣れた料理は上手になったオスカーだけど、やっぱりまだ知らない料理もあって、聞きに行こう、と言ったのに、何とか作ると言い張った。頑固なオスカーだ。覚えている限りを思い出せと言われても、お手伝いだけであまりよく知らない。オスカーがコンピューターで調べたみたいだけど、本当に大丈夫なのかな。
今日は日曜日。オスカーはお休みで、こんな日は一緒にのんびりする。お掃除のおばさんが綺麗にしてくれる家を汚しちゃ悪いと思うんだけど、でもじっとしていられなくて散らかしてしまう。オスカーはよほどのことがない限り怒らない。俺はオスカーに怒鳴られたことはない。悪いことをしたら、それは悪いことだと説明してくれる。叱るのではなく、教えてくれる。でもやっぱり何となくシュンとしてしまう俺に、オスカーは一層優しくなる。黙ったまま抱きしめてくれる。俺は、ファーターもムッターも大好きだが、こんなオスカーも大好きだ。何だかファーターと違って、オスカーも大人なんだけど…、ファーターと同じように抱きしめてくれるけど、そのあったかいのも同じなんだけど、なんかオスカーはしがみついてくる気もするんだ。なんとなくだけど。
それにしても、目の前のものは何だろう。ホットケーキが食べたいのに。オスカーも同じことを思ったらしい。「フェリックス、これでいいのか? 本当に?」
焼き上がった不思議な物体に、オスカーは眉を寄せている。オスカーはホットケーキを全く知らないらしい。ホットケーキうんぬんよりも、これって食べられるのかな。
「オスカー……これ、なぁに?」
焼いている間ずっと見ていたくせに、なぜ焦がすんだろう。ときどきドジなことをするオスカーはおもしろい。おもしろいけど、俺のホットケーキ……。食べられないとわかると、ますます食べたくなるんだぞ、子どもは!
オスカーは、俺の無言の訴えをわかってくれたらしい。エプロンをはずして、ため息をついて言った。
「ファーターの家に行くぞ」ファーターの家は、いつも明るい感じがする。それはきっと、ムッターが笑顔でいるからかな。
俺が先に挨拶のキスをすると、オスカーが持ってきたお土産を手渡しながら、小さく呟いた。
「奥方に、ぜひ教わりたいことが…」
「まぁ今日は何でしょうか」
ムッターはやっぱり笑顔で問い返した。俺がオスカーと暮らすようになって、こういうことは何度目だっけ。本を読んでもわからないことを、オスカーは身近な先生に教わるらしい。
「ムッター、俺ホットケーキ食べたいんだ」
俺はそれだけ言って、ファーターのところに向かった。ソファに座ったファーターは、俺を膝の上に乗せてくれ、小さく笑った。
「ロイエンタールは、俺じゃなくエヴァにばかり用があるみたいだな」
以前はよく一緒に呑んでいたらしいファーターとオスカー。ファーターは笑っていたけれど、怒っているのでもなく、泣いているのでもなく、でもなんとなく寂しそうに見えた。
ファーターと二人で話をするのは久しぶりで、俺はムッターのお手伝いもせず、ずっと座ったままでいた。ファーターはいつでも優しくって、でも一緒に住んでいたときより、もっと優しい感じがして、俺はちょっとだけ、なんでか寂しく感じた。こういうの、なんで思うんだか、自分でもわからないけれど。ムッターの料理はすごくて、おいしいだけじゃなくって早くって、あっという間だった。ムッターのホットケーキは、やっぱりおいしくって、温かくて柔らかかった。オスカーが作っても、こんな感じになるのかな。目の前に座ったオスカーは、黙ったままホットケーキを平らげた。俺がじっと見てたのがわかったのか、顔を上げて小さく笑った。ちょっと照れた感じだった。俺の横でファーターもオスカーを見ていた。なんというか、すごく泣きそうな顔だって思ったのは、俺の気のせいかな。今度はファーターが俺が見ていたのに気付いて、俺に笑いかけて頭をポンと叩いた。
「今度はオスカーに作ってもらえ。どんなのが出来たか教えてくれよ、フェリックス」
その口調も顔も、いつものファーターで、楽しそうにオスカーをからかっていた。オスカーはムッと眉を寄せ、黙っていた。あの様子じゃ、焼いてくれてもファーターは呼ばないんだろうな。その時は俺がこっそり、ファーター達を招待しちゃおうかな。
ファーターは何度も「あのロイエンタールが」と口にする。それは独り言みたいなんだけど、そばにいた俺には聞こえていた。そんなに不思議で、珍しいことなのかな。オスカーが料理したり、俺と遊んだりしてるのが。
時々、今みたいに俺のベッドで寝るオスカー。背の高いオスカーには狭いと思うんだけど。でも俺も、くっつくのが気持ちいいので、嫌なわけじゃないんだけど。
明け方、オスカーより先に目が覚めて、昨日のファーターを思い出していた。ファーターとオスカーは仲が良くって、長い間友達で、それでも知らないことってあるんだなぁ、と思う。ファーターが寂しそうに見えるのは、オスカーが変わっちゃったからかな。でも今でも仲良しだよね。ならいいや。
俺は、将来同じ顔になるらしいオスカーの寝顔を見ながら、よくわからない父達のことを考えていた。でもやっぱりよくわからないけど。オスカーはオスカーで、俺の知ってるオスカーだから、前はどんなオスカーでもいいのだ、と思うことにする。いつだったか、「漁女家」とか「反逆の臣」とか聞いたことはあるけれど、その意味はわからないけれど、どんなオスカーでも、俺のファーターであることには変わりないから。俺のこと、大事にしてくれてるの、わかってるから。
まっすぐの鼻の頭にチュッとすると、オスカーはゆっくりと瞼を開いた。なんか、こんなお話を、オスカーに読んでもらった気がするけど、どんな話だったっけ。
「おはよう ファーター」
ファーターなのだから、ファーターと呼んでみたんだけど、その後オスカーが変な顔をしたので、やっぱりオスカーと呼んだ方がいいのかなと思ったりした。確かに、どっちもファーターと呼んだら、どっちを呼んでいるのかわからなくなるかもしれないし、「ミッターマイヤー」とか「ウォルフ」とか呼べないから、やっぱり今まで通りかな、と考えていたら、
「……もう一度……」
オスカーが、俺の頬に手を当てながらじっと見つめてくる。何度見ても不思議なヘテロクロミア。俺のお父さんの瞳。
「…ファーター?」
もう一度って、このことかな、と思いながら、俺はちゃんと言った。俺のファーターだよねって確認しながら。オスカーは、俺を苦しいくらいギューッと抱きしめながら、しばらくベッドから降りなかった。
2000.8.17 キリコ