はじめてのちゅう の続きっぽい話です。よろしければ先にこちらからどうぞ。
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桜木花道は、合宿所となっているホテルの自分の部屋で、待っていた。
呼び出した相手が来るかわからず、そもそもちゃんと伝わったかも確認できず、イライラして貧乏揺すりを続けていた。20時と言ったのだから、19時50分の今は来なくてもおかしくはない。けれど、もうすぐノックがあるかもしれない。そう思っただけで、手のひらに汗が浮き出てくる。こんなに緊張したことは、初めて試合に出たときくらいだ。あのとき、近くにその男はいた。流川楓は、高校2年生の夏にアメリカに旅立った。湘北高校が優勝したわけではない。けれど、彼なりに納得したのだろうか。それとも単なるタイミングの問題なのか。花道はほとんど会話したことがないため、わからなかった。もっとも、同じバスケ部の誰もその理由は知らなかった。ただ、アメリカにバスケットをしに行く姿は、自然とも当然とも誰もが思った。
その流川と、花道は約3年ぶりに再会した。全日本候補に挙がったのがなぜなのか、花道にはわからない。今19歳で、これまでジュニアの経験もない。企業のバスケチームにはたくさんの選手がいる。新しい監督は自分に何を期待しているのだろうか。明日で候補生の合宿が終わる。自分は自分らしさというものを出せたのだろうか。今度の合宿にも喚ばれるだろうか。
二週間の合宿で、花道はルームメイトである先輩と親しくなった。ポジションは違うため、競い合う相手ではない。20人のメンバーは、仲間でもあり、ライバルでもある。仲良くなって良いのだろうか。けれど、同じバスケットボール選手として、語り合えば話は尽きなかった。
ところが、同じく候補に挙がったらしい流川とは、まだ一言も話してないのである。合宿初日の花道の衝撃はもの凄かった。思いも寄らない人物が現れて、花道は驚きで固まった。その日一瞬だけ流川と目が合った気もしたが、合宿中は目すら合わなかった。もっとも、試合中はお互いに睨みを利かせ、牽制し合うので、そのときだけは平気だった。
アメリカにいるはずの流川だが、全日本の招請だと日本に帰ってくるのか。噂では、アメリカに飛んで以来、一度も日本に戻っていなかったと聞いたのに。元気でいたのだろうか。まあそう見えた。アメリカのどこにいるのか、何をしているのか、花道は全く知らない。あちらのバスケットは日本と違うのだろうか、どんなチームにいるのだろうか。いろいろ聞きたいような、知らないままでいたいような、花道は複雑な思いでいた。
今晩を逃せば、流川はまたアメリカに戻ってしまう。今度自分がこの場に来られなければ、流川と会うことはなくなるだろう。別に会う必要はない、と思うのに、最後のチャンスだと思ってしまった。
選手は全員交替でリハビリやマッサージを受けることになっている。同室の先輩が行く時間が20時から30分だ。流川と二人きりで話そうと思ったら、ここしかないのである。
5分前になったとき、花道は少し青くなった。
実際に来たら、何を話せばいいのだろうか。流川に会いたいような、会いたくないような、わけのわからない思いになるには理由があった。
喧嘩以外でコミュニケーションを取っていなかった二人だが、5回だけ、触れるだけのキスをしたことがあった。最初は花道から、次は流川から、の順番で、流川がアメリカに行くまで続いた。もし、あのとき旅立っていなかったら、そのままだっただろうか。花道にもよくわからない。
4月1日に、花道は流川にキスをした。
そのとき、流川に殴られたけれど、怒られはしなかった。花道にもよくわからないが、次の日からもいつも通りの態度だった。
たった一度のことだと思っていたけれど、一ヶ月後の5月1日、突然流川が花道に近づいてきた。あまりにも一瞬のことで、勘違いかと思うくらいふわりと軽い触れ合いだった。それでも、花道は驚いて、両目を見開いたことを覚えている。
3度目は6月1日だった。1日の儀式のようだと今は思う。なぜそうしたかなんて理由はない。
だから、4度目は7月1日で、5度目は8月1日だった。
インターハイに出場できなかった湘北バスケ部は、予定通りの夏の練習だった。
もうすぐアメリカに行く流川との最後だろうなと思ったことを覚えている。自分からする月で、もう流川からはないのだと漠然と思った。その日のキスは少しだけ長かった気がする。流川がアメリカに行ってからは思い出さないようにしていた出来事を、花道は久しぶりに目を閉じて振り返る。もう過去のことだし、今更それについてどうこう話し合うこともないだろう。じゃあなぜ、自分は流川を呼び出したのだろうか。
20時1分前に、控えめなノックの音が聞こえた。花道は座っていたベッドから、飛び跳ねるように立ち上がった。